2018年5月17日木曜日

インドネシアで相次ぐテロ事件と「インドネシアのイスラム国」

インドネシアでは2018年のラマダン開始前に子供を含む一家6人全員が自爆するといった凄惨なテロ事件が相次ぎました。

①5月8日 ジャカルタ南部デポック刑務所で受刑者10人以上が警官6人を殺害
②5月13日 インドネシア第二の都市スラバヤで教会3カ所を狙い一家6人が3連続自爆、18人死亡、40人以上負傷
③5月13日 スラバヤ近くのシドアルジョのアパート内で一家のうち3人が自爆
④5月14日 スラバヤの警察署を狙い一家5人が2連続自爆、自爆者4人死亡、警官と民間人あわせて10人負傷
⑤5月16日 スマトラ島リアウ警察署が5人の男に襲撃され警官1人死亡、警官2人とジャーナリスト2人が負傷

一連の事件は犯行の残虐性、家族ぐるみの犯行であること、2日間に子供を含む13人もの人が自爆を実行するというあまりにも高い頻度などがあいまって、世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシアはもちろんのこと、東南アジア近隣諸国や世界にも衝撃を与えています。

(従来「寛容なイスラム教国」とみなされていたインドネシアに過激なイスラム教思想が広まった背景については拙著『イスラム教の論理』に記してあります。)

上記のうち①②④⑤についてはイスラム国が犯行声明を出しており、インドネシア治安当局も③を含む全ての事件についてイスラム国に忠誠を誓っているテロ組織Jamaah Ansharud Daulah (JAD)の関与を認めています。

JADはインドネシアでイスラム国に忠誠を誓っているテロ組織の中では最大のもので、2015年にアマン・アブドゥッラフマーンAman Abdurrahmanという人物により設立され、2017年にはアメリカ政府によりテロ組織指定されました。(写真はkompas.comより拝借したアマンのもの)


アマンはLIPIAというサウジのイスラム大学のジャカルタ分校でイスラム教とアラビア語を学んだ人物で、2004年にデポックでテロを計画していたとして逮捕されるも、刑務所内における行いがよかった(!)ために2008年に釈放、2010年にはJamaah Anshorul Tauhid (JAT) の指導者であるアブバカル・バーシルAbu Bakar Baasyirとともにアチェにテロリスト養成キャンプを設立、それにより9年の実刑判決を受け、現在も服役中です。

2014年にイスラム国がカリフ制再興を宣言するとアマンは刑務所内でカリフに忠誠を誓い2015年にJADを結成、以来「インドネシアのイスラム国」の実質的指導者とみなされています。

服役中にもかかわらずアマンは2016年ジャカルタ中心部で犯人4人を含む8人が死亡、26人が負傷したテロや、2017年東ジャカルタで警官3人が死亡したテロなど、国内の様々なテロ事件に関わっているとされています。

特に2016年のジャカルタでのテロ直前にアマンが刑務所内から発行した以下のようなファトワー(イスラム法的見解)はインドネシアのイスラム過激派に広く影響を与えているとされています。

「イスラム国に移住しなさい。移住できないならば、どこでもいいのであなたの命をかけてジハードをしなさい。戦うことができない、もしくはその勇気がないならば、それを実行する者に対しあなたの財産を与えることで貢献しなさい。もし財産で貢献できないならば、他者に対しジハードを敢行するよう促しなさい。もしそれすらできないと言うなら、あなたの忠誠にいったい何の意味があるというのだ?」

これはイスラム国中枢部によるジハードおよびヒジュラの呼びかけと基本は共通していますが、より一層プラクティカルだと言えます。

自分でジハードできないならせめて他人にジハードをけしかけろ、といった表現は、イスラム国中枢部ではあまり用いられません。

さて今回の連続テロ事件は直接的にはJADの第二の指導者であるザエナル・アンシャリZaenal Anshariの逮捕によって引き起こされた、と警察は見ています。

それはそうなのかもしれませんが、子供の自爆、女性の自爆、そして一家揃っての自爆というのはインドネシアでは前例がないこと、また一連の事件がラマダン前に実行され、それをイスラム国中枢部も把握していたことなどから、どうしても、インドネシアのテロは新たな局面に入ったと認識せざるをえないように思います。

2018年5月13日日曜日

インドネシアで一家6人が3連続自爆テロ実行:前例なき悲劇の背景にある論理とは

インドネシア第二の都市スラバヤにある3カ所の教会を狙った3連続自爆テロ事件が発生しました。


インドネシアでは4日前に刑務所内でイスラム国戦闘員が武器を奪って複数の警備員を殺すというテロが発生したばかりです。

この時もイスラム国は犯行声明やビデオを出しましたが、今回の連続自爆についてもイスラム国が犯行声明を出しています。



これによると、まずはペンテコスタ教会に対して自動車爆弾による自爆テロを実行、次に聖マリア教会に対して自爆ベルトによる自爆テロを実行、最後にディポネゴロ教会に対してバイク爆弾による自爆テロを実行し、11人を殺害、41人を負傷せしめたとのこと。

各々の場所はについては、STRAITS TIMESのこちらの地図をごらんください。


「インドネシアもテロが頻発するようになってきたな…」とここまででも既に十分に衝撃的ですが、本当に衝撃的なのはテロ実行犯の実像です。

警察発表によると、これらのテロを実行した6人は全員、シリア帰りのひとつの家族の成員であり、15歳と17歳の男兄弟が聖マリア教会を狙ってバイク爆弾で自爆、自爆ベルトを装着した母親が9歳と12歳の娘とともにディポネゴロ教会前で自爆、父親がペンテコスタ教会を狙って自動車爆弾で自爆した、とのこと。

さすがの私も、あまりの壮絶さに言葉を失いました。

ある筋によると、この一家はイスラム国に忠誠を誓っているJAD (Jemaah Ansharut Daulah) の設立者であるアマン・アブドゥッラフマーンのスリーパーセルだったとのこと。

警察は同じくスラバヤにあるカテドラル教会に対するテロを実行しようとしていた人物を拘束、またペンテコスタ教会では爆発前の爆弾を発見したとも発表しています。

さらにジャカルタ警察の報道官は、西ジャワのチアンジュールで同じくJADに属するテロリストと警察が銃撃戦となりテロリスト4人を殺害、2人を拘束したと発表しました。

連続自爆犯一家とチアンジュールのグループとのつながりについてはまだはっきりとしていません。

さらに夜になって、今度は東ジャワ州にあるシドアルジョの警察署近くで爆弾テロがあり、少なくとも1人が死亡しました。

このテロと自爆一家とのつながりも現状では不明です。

イスラム国がカリフ制再興を宣言したのは2014年6月で、それ以降この4年間に世界中で恐るべき数のテロを実行し数え切れない犠牲者を出してきましたが、私の知る限り、一家6人全員が一度に連続自爆テロを実行して果てるなどという前例はありません。

2015年12月にアメリカのカリフォルニアで発生したテロは、イスラム国を支援する夫婦二人が実行したものでしたが、これも非常に珍しい事例です。

兄弟がともに特攻攻撃で果てたり、立て続けに自爆したり、父と息子が連続して自爆するといった例もありました。

しかし父、母、娘2人、息子2人が連続して自爆、あるいはそれに類する事例はないように思います。

私はここで、9歳の娘を巻き添えにしてまで…という情緒的な話をしたいわけではありません。

拙著『イスラム教の論理』に記したように、イスラム国のような過激派は現在、武力で敵を倒すジハードはイスラム教徒全員の義務であると捉えており、そこに女性や未成年者といった例外はありません。

また彼らはジハードを最高の善行と信じ、それを敢行することにより天国に直行できるとも信じています。

「無辜の人々を殺しておいてそんなわけないだろう」とか、「天国なんてあるもんか」という私たちの論理と彼らの論理とは、根本的に全く異なっているのです。

ですから当然、未成年の娘や息子を道連れにして自爆するなんてかわいそう、という感傷など、彼らには完全に無縁です。

この2〜3日中には今年のラマダンが開始されます。

彼らにとってラマダンは「斎戒の月」であると同時に、もしくはそれ以上に「ジハードの月」です。

昨日はパリでもナイフによるテロ事件が発生し、こちらもイスラム国が犯行声明を出しました。

警戒すべき期間はむしろこれから始まります。

2018年5月9日水曜日

インドネシア刑務所内でイスラム国テロ:ラマダン前に世界各地で攻勢をかけるイスラム国

インドネシア警察はジャカルタ南部にあるデポック刑務所で囚人による暴動が発生し、囚人とテロ対策部隊の双方に死傷者が出たと発表しました。

警察によるとこの暴動でテロ対策部隊員5人と囚人1人が死亡、現在テロ対策部隊員1人が人質となっており交渉を続けているとのこと。

この暴動については、イスラム国がいち早く声明を出しました。

まずはデポック刑務所内でイスラム国戦闘員とテロ対策部隊の間で戦闘が発生していると伝え...


次にテロ対策部隊のメンバーを捕虜にしたと伝え...


続けてこの戦闘でテロ対策部隊メンバー10人を殺害したと伝え...


殺害したテロ対策部隊メンバーの映像も公開しました。

(映像は非常に残酷なものなのでここには掲載しません。)

戦闘員らは刑務所内でイスラム国の旗を掲げ...


テロ対策部隊から奪った武器を披露し...



ポーズをきめて集合写真も撮っています。


これはかなり衝撃的な出来事であり、インドネシア警察がイスラム国の関与を否定している事実がそのヤバさを象徴しているとも言えます。

これ以外にもイスラム国は、昨日一日に限っても世界各地でさまざまな「戦果」をあげたと発表しています。

イラクのサラーフッディーンではシーア派民兵を乗せた車両を爆弾で吹っ飛ばし...


 同じくイラクのキルクークでは石油会社職員3人を爆殺し...


シーア派民兵3人を死傷させ...


バグダードでもシーア派民兵8人を死傷させ...


エジプトではラファハでエジプト軍兵士を狙撃して殺し...


ソマリアのモガディシューでは諜報部員を暗殺し...


イエメンのキーファではフーシー族と戦い...


シリアのヤルムーク・キャンプでは戦闘でシリア軍兵士48人を殺害し...


ダマスカスではシリア軍兵士を処刑し...


リビアでは自爆テロでリビア軍兵士13人を死傷させました。


このように主だった攻撃だけでも7カ国の複数箇所で発生しています。

シリアのラッカとイラクのモスルが陥落したことによってイスラム国は完全崩壊し戦闘員は絶滅したと思っている人も多いかもしれませんが、イスラム国はシリアとイラクでも完全崩壊してはいませんし戦闘員も元気に活動しているだけではなく、いまだに世界各地に拠点をもち各々で戦闘員が日々戦闘に明け暮れています。

インドネシアやフィリピンという日本人にとって身近で日本に物理的にも近い国も、そうした「イスラム国活動地域」のひとつです。

イスラム教徒の用いるヒジュラ歴では来週からラマダン月に入ります。

ラマダンはイスラム教徒にとって斎戒の月であるだけでなくジハードの月でもあり、毎年イスラム国を始めとする「過激派」が支持者らにジハードの敢行を熱心によびかける月でもあって、実際深刻な被害をもたらすテロが頻発する傾向にあります。

昨日世界各地で発生した攻撃からは、今年のラマダンも例年通り攻勢をかけるというイスラム国からの不吉なメッセージが読み取れます。