2018年3月28日水曜日

アメリカで娘に熱した油をかけた両親逮捕:イスラム教と強制結婚

アメリカのテキサス州で先日、イラク出身のイスラム教徒夫婦が自分たちの娘に熱した油を何度もかけたり、ほうきで殴ったりした容疑で逮捕されました。


事件が発覚したのは1月末に彼らの娘マアリブ・ヒシュマーウィー(16歳)が失踪し両親が捜索願を出したのがきっかけです。


マアリブは3月になってから保護され、両親による虐待から逃れるために家出をしたことが判明、両親の逮捕、起訴に至りました。

こちらが保安官の会見です。


 保安官によると、

・マアリブは2017年半ばから別の町に住む成人男性と結婚するよう両親に強制されてきた
・ その成人男性は結婚と引き換えに彼女の両親に約2万ドル(約211万円)支払った
・マアリブが結婚を拒否すると両親によって度々虐待されるようになった
・両親は熱した調理用油をマアリブの体に何度もかけたり、 ほうきで殴ったり、気を失うほど窒息させたりした
・結婚の直前にマアリブは家から逃走した

とのこと。

また保安官は、マアリブの父アブダッラー・ファフミー(34歳)と母ハムディーヤ・ヒシュマーウィー(33歳)は家庭内暴力の罪で起訴され(現在保釈中)、金を支払って結婚しようとした相手の男も高い可能性で起訴されることになるだろう、とも話しています。

このイラク人家族は、2年前にアメリカに移住してきたとのこと。

アメリカでは、親が子供の意思に反して子供を強制的に結婚させることは禁じられています。

実はイスラム教徒にとって絶対的真実であるイスラム法も、強制結婚を「一面においては」禁じています。

ハディース集であるブハーリーのサヒーフ5138には次のようにあります。

حَدَّثَنَا إِسْمَاعِيلُ، قَالَ حَدَّثَنِي مَالِكٌ، عَنْ عَبْدِ الرَّحْمَنِ بْنِ الْقَاسِمِ، عَنْ أَبِيهِ، عَنْ عَبْدِ الرَّحْمَنِ، وَمُجَمِّعٍ، ابْنَىْ يَزِيدَ بْنِ جَارِيَةَ عَنْ خَنْسَاءَ بِنْتِ خِذَامٍ الأَنْصَارِيَّةِ، أَنَّ أَبَاهَا، زَوَّجَهَا وَهْىَ ثَيِّبٌ، فَكَرِهَتْ ذَلِكَ فَأَتَتْ رَسُولَ اللَّهِ صلى الله عليه وسلم فَرَدَّ نِكَاحَهُ‏.‏

ハンサという女性が父に強制された婚姻が嫌だと預言者ムハンマドに訴えると、預言者はその婚姻は無効だと述べた、というハディースです。

実際、現代のイスラム法学者は「イスラム教は強制結婚を認めるのか?」と問われると、ほとんどの場合こうしたハディースを挙げて「認めていません」と回答します。(例えばこちら。)

一方でイスラム法には、女性に対する後見という、女性を支配する強力な制度があります。

一般に処女で未成年者の女性の場合、父親が彼女の身分後見人にして財産後見人となります。

スンナ派には4つの法学派がありますが、マーリク派とシャーフィイー派およびハンバル派の一部によると、父親は自分の娘が処女である場合は、彼女を強制的に結婚させる権利を有するとされます。

たとえばスンナ派のイブン・ルシュドは、娘が処女の場合、彼女が未成年者であろうと成年に達していようと、父親は彼女の同意を得ることなく彼女を結婚させることができるとしています。


イスラム法において、女性を強制的に結婚させる権利を有するのは父親のみです。

しかし父親も常にその権利を有するわけではありません。

同じくマーリク派のイブン・アブドゥルバッルは、女性が非処女で成年に達している場合、後見人は彼女を結婚させる際に必ず彼女の同意を得なけらばならない、と記しています。


一方ハナフィー派は、理性を備え成年に達した女性は後見人なしに自分で自分の婚姻を締結することができると説くのが特徴的です。

しかしそのハナフィー派に属するサラフシーも、女性はたとえ成年に達しようと理性の上でも信仰の上でも男性より劣っているため、後見人による保護が必要だと述べています。


このように、法学派間で異論はあるものの、イスラム法には父親は処女の娘を強制的に結婚させる権利があるという規定が確かにあります。

また、女性は弱く愚かな存在で正しい判断ができないため、男性が後見人として彼女の利益になるよう判断を下すべきであるという考え方も、イスラム法の根底にはあります。

一般のイスラム教徒のほとんどは、イスラム法学など勉強していません。

しかし、彼らの考え方の中には、イスラム法規定の基礎的な内容はあたりまえの価値観として刷り込まれています。

少なくとも一部のイスラム教徒は、父親には娘を強制的に結婚させる権利があると信じており、それはアメリカにいようとかわることはないと考えていることが、今回の事件で明らかになったと言えます。

今回、唐突にハディースや法学書を引用したのは、拙著『イスラム教の論理』について、デマだとか、ヘイトだとか罵る人の中に、拙著が典拠を一切示していないと主張する人がいるためです。

統計の典拠は本文中に示してありますし、コーランやハディースは書籍名をあげるまでもなくウェブサイト上で公開されています。

コーランは日本語版がこちらからご覧いただけます。

ブハーリーのサヒーフはこちらからご覧いただけます。

今回引用したサラフシーのマブスートはこちらからご覧いただけます。

また、私はただのデマゴーグであり断じてまともな研究者などではないと謗る人もいます。

私がこれまでに書いた学術論文は一般に入手するのは困難ですが、私の博士論文は提出した東京大学にもありますし国会図書館にもあります。

論文審査の要旨はこちらで公開されています。

今後もたまには、アラビア語の法学書の原典を引用しつつ現代の問題を考える、ということをやってみようと思います。

2018年3月26日月曜日

マレーシアでイスラム国戦闘員389人拘束、日本でも高まるテロの脅威

マレーシア警察は先日、テロや誘拐等を計画していたとしてイスラム国戦闘員とみられる男7人を拘束したと発表しました。


 マレーシア警察とシンガポール警察が協力して実施したテロリスト掃討作戦により、2月末から3月にかけて、ジョホールでイスラム国のテロ細胞を構成するマレーシア人6人を拘束、サバフでアブーサヤフ(フィリピンのイスラム国)のメンバーであるフィリピン人1人を拘束したとのこと。

マレーシア人6人の年齢はリーダー格が37歳で、他に49歳、30歳、25歳、23歳、22歳とかなり若手もそろっています。

このテロ細胞は、非イスラム教徒の礼拝所の攻撃や、警官の誘拐・殺害などを計画していたとされています。

23歳と22歳の若手2人はシンガポールで働いており、外国から銃火器を購入するのが主な任務だったとのこと。

フィリピン人は31歳で、ハピロン亡き後のフィリピン・イスラム国のリーダーと目されるフルジ・インダマの側近であり、マレーシア人テロリストのDr. マフムード・アフマドとも関係があるとされています。

マレーシア警察は今回逮捕された6人を含め、2013年からこれまでにイスラム国戦闘員を389人拘束したと発表しています。

2017年10月にフィリピン軍がミンダナオ島のマラウィからイスラム国勢力を一掃して以降、東南アジアではイスラム国関連の目立った事案は発生していません。

しかし今回のように、イスラム国戦闘員が拘束されたり、テロが未然に防がれたりといった事案は、マレーシアだけではなく、フィリピンでも、タイでも、シンガポールでも発生しています。

拙著『イスラム教の論理』でも言及したように、日本の警察庁が2017年12月に発表した「治安の回顧と展望」では、東南アジアのイスラム過激派によるテロの脅威が今後日本でも高まる可能性について指摘されています。

2018年3月16日金曜日

チュニジア政府はいかに反イスラム的か?:イスラム国の説くイスラム教の論理

イスラム国は週刊誌ナバアの最新版を公開しました。


ナバアは世界中のイスラム国の戦果を伝える週刊誌ですが、日本の新聞でいう社説のようなコラムも記されています。

今週号のナバアのコラムがとりあげているのはチュニジアです。

コラムはまず、チュニジアでは独裁政権打倒後、民主主義が実現され、民主的な選挙によって議会の代表者が選出され、その議会で新憲法が承認された、という経緯を説明した後、その新憲法には神以外の者による立法、神が啓示した規範に基づかない命令が含まれているのみならず、不信仰な制定法の根拠となり、イスラム教のシャリーア(神の法)の規範の改ざんを許容している、と批判します。

そして、背教者たるチュニジア政府が神の法に反して制定した法の好例として、「不信仰者たち(チュニジア政府)は神の法が禁じているイスラム教徒女性と多神教徒男性との婚姻を認めるという不信仰的法規定を制定した」件を指摘します。

コーラン第2章221節に「多神教徒男性が信者になるまでは、あなたがたの女性たちをかれらに嫁がせてはならない」とあるように、神は明示的にイスラム教徒女性と多神教徒男性との結婚を禁じています。

さらにコーラン第4章11節で相続について「男児には女児の2人分と同額」とあるにもかかわらず、チュニジア政府が男女の相続平等を定める法案を提出していること、相続以外でも「男女平等」を実現させようとしていること等を指摘し、その全てが神の法に反していると非難します。

そしてチュニジア政府は民主主義の名の下に、自分たちを選出した一般市民にこうした神の法に反する法を遵守するよう強制しているという点において、独裁政権よりなお一層悪質であると指摘します。

最後にコーラン16章106〜107節が引用されます。

そこには次のようにあります。

「神を信仰した後、不信仰に陥った者、心の中で信仰を堅持しつつ(不信仰を)強制された者は除外するが、不信仰を表明して満足する者、かれらには神の激怒が下り、厳しい懲罰があろう。これはかれらが来世よりも現世の生活を愛しているためである。神は不信仰の民を御導きになられない。」

イスラム教徒は世界のどこにいようと神の法のみに従わなければならないというのは、イスラム教の大原則です。

また、コーランで神が明示的に命令していることや禁止していることについて、それに反する解釈をしたり法を作ったりすることは、イスラム教では厳禁とされています。

これは「イスラム過激派の論理」ではなく、「イスラム教の論理」です。

イスラム教について少しでも勉強した人ならば誰でも知っている、 基本中の基本です。

このコラムにあるように、チュニジアでは2年前に男女の相続分を平等にする法案が提出されましたが、議会内に反対する声が多く、まだ成立してません。

なぜ反対の声が多いかというと、(もはや禅問答のようですが…)コーランで明示的に男の相続人の相続分は女の相続分の2倍だと定められているからです。

反対者が立脚しているのは、イスラム国が立脚しているのと同じ「イスラム教の論理」なのです。

一方相続の男女平等を求める人々もチュニジアには存在しており、 先日の国際女性デーにはそれを求めるデモも行われました


イスラム国はただ武器をとって滅多やたらに人を殺すだけのならず者集団ではありません。

彼らは常に世界の動向を注視し、分析し、いかに仲間を増やし、行動を起こさせるかについて考えているのです。

2018年3月15日木曜日

イギリス史上最悪の少女虐待スキャンダルとイスラムフォビア

先日イギリスのサンデー・ミラー紙が「イギリス史上最悪の未成年者虐待スキャンダル」として、テルフォードにおいて40年にわたり1000人にのぼる少女が強姦、殴打、売春や薬物摂取の強要といった被害にあってきただけでなく、殺されたケースもあるというのに、当局は捜査を怠ってきたとするスクープ記事を出しました。

テルフォードではしばしば少女に対する性的虐待事件が発生しており、2007年から2009年にかけておよそ100人の少女に強姦等をしてきたとして、2013年「アジア系」の男7人に有罪判決が下されました。


イギリスのシンクタンク・キリアムの調査によると、 2005年から17年までにイギリスで未成年者虐待の容疑で起訴された人物のうち84%は「アジア系」だとのこと。

「アジア系」とぼやかされてはいるものの、同事件の犯人らの名前を見るとムハンマドやアリーなどイスラム教徒であることは明らかであり、パキスタン系の移民であるとされています。

サンデー・ミラーのスクープは、テルフォードの少女虐待はこれまで明らかにされてきたよりもずっと古く1980年から現在まで継続する大問題であり、犯人集団も大規模なら被害をうけた少女の数も1000人を下らないとするものです。

同紙が問題視しているのは、評議会や警察といったいわゆる「当局」も、ソーシャルワーカーなどの現場スタッフも、この件を少なくとも1990年代から知っていたのに、「人種差別」や「イスラムフォビア」「ヘイト」だと批判されるのを恐れて、捜査も介入もせずに放置してきた、という事実です。

サンデー・ミラーの告発記事をうけてイギリスのメディアは同事件を次々と報じましたが、国営放送BBCだけは全く同事件に触れず、インターネット上で無視するつもりかと非難が殺到した後、一応記事を掲載したものの、その内容はテルフォード警察署長の「こんな大昔の件まで引っ張り出してきて被害者数1000人以上とセンセーショナルにとりあげるなんて大げさだ」という発言を重視したもので、これが更なる炎上を引き起こしました。

イスラム教徒による大規模性犯罪について、当局がそんなものは全く存在しないかのようにスルーするといえば、2015年12月31日から16年1月1日にかけてドイツのケルンで発生した女性に対する集団性的暴行事件が思い出されます。

ケルン警察は当日のケルンは「おおむね平穏だった」と発表して同事件を隠蔽したのですが、これも犯人集団のほとんどがアラブと北アフリカ出身のイスラム教徒であったためだとされています。

しかしイスラム教徒移民の受け入れは完全なる「正義」であると胸をはって移民政策を進めてきたドイツですら、メルケル首相が今年に入り「ドイツには確かにドイツ人立ち入り禁止地区がある」と認めたように、治安悪化の問題は隠しきれないレベルに達しています。

これまで、イスラム教やイスラム教徒についての発言は常に好意的でなければならないというのが、いわゆる「リベラル」で「民主的」な世界における共通ルールでした。

たとえ批判的でなくとも、わずかでも「イスラム教絶賛」の度合いが不足していると判断された発言は、たちまち「ヘイトだ!」「イスラムフォビアだ!」と批判される傾向は日本にも根強くあります。

拙著『イスラム教の論理』に対しても、一部からその手の罵詈雑言が浴びせられています。

一方で、イスラム教の論理は西洋の論理とは異なるという認識を持たぬままでは自由や人権という私たちの価値自体が脅かされる、という拙著の趣旨に賛同の意を示してくださる方もいます。

池内恵さんが原稿を読み帯に推薦文を寄せてくださったのに加え、3月11日の読売新聞朝刊に苅部直先生による拙著の書評が掲載されたのは僥倖であり、わずかながらも光を見出した気がしました。

2018年3月13日火曜日

教育から宗教の影響を排除せよ:スウェーデンの決定とイスラム教

 スウェーデン教育相は先日、今後は男女平等や人権という「根本的価値」を支持しない者には学校運営を認めないという方針を新聞紙上で発表しました。

現政府は学校から宗教の影響を排除するという基本方針を掲げており、今回の決定はその方針に従ったものだとみられています。

スウェーデンにおける学校は男女平等を積極的に促進し、生徒たちがジェンダー・アイデンティティーとは独立した形で能力や関心を開発させることを認めなければならない、と同相は記しています。

さらに、スウェーデンの子どもたちは、たとえ宗教組織によって設立された学校においてであろうと、直接的あるいは間接的に宗教活動を強制されることは絶対にあってはならないとし、全ての教育は宗教の影響から完全に自由でなければならないという基本方針を強調してもいます。

スウェーデンには現在60以上の宗教学校があり、そのほとんどはキリスト教系で、イスラム教系の学校は11あるとのこと。

この決定は、ソマリア系イスラム教徒で2010年から2014年までスウェーデン議会の議員も務めていたワベリAbdirizak Waberi氏が、ボロースで新たなイスラム教系学校設立を目指していることと関係していると言われています。


ワベリ氏は政治活動を開始する以前は、スウェーデンのヨーテボリにあるイスラム教系小学校の校長でした。

同校ではイスラム教の教義についての授業を週に2コマ課しており、これは他の学校よりも多いだけではなく、男は4人妻を持つことが許されているがその逆は許されていないといったイスラム教的価値について教えているとか、男子生徒は100%が満点で卒業しているのに女子生徒は71%しか満点をもらっていないという同校の実態はスウェーデンの他の学校と比べて明らかにおかしいなど、しばしば批判の対象とされてきました。

ワベリ氏自身も、イスラム教徒の男が4人妻を持てることや、イスラム教徒の男は異教徒と結婚できるが女はできないことなどは、コーランに記されているのだ、とインタビューで答えています。

ワベリ氏はスウェーデン・イスラム協会や、スウェーデン・イスラム教学校組合、スウェーデン・イスラム教徒政治フォーラムといったスウェーデンの名だたるイスラム教組織の有力メンバーであるだけでなく、過去にはヨーロッパ・イスラム組織連盟の副会長を務めたこともある、非常に影響力のある人物です。

過去の記事で示したように、ヨーロッパにおいてこれまではほぼ放任されてきた宗教系の私立学校を国が管理すべきだという議論は、既にイギリスでも起こっています

というのも、イギリスではイスラム教学校において教師が生徒をジハード戦士に育てるべく数年間にわたって教育していた罪で実刑判決を受ける、という深刻な事案が既に発生しているからです。

「イスラム教の論理」と「西洋の論理」が異なることは、イスラム教徒住民が多く暮らすヨーロッパ諸国では、様々な場所で目に見える形で健在化し、社会問題化あるいは政治問題化しているのです。

イスラム教と教育の問題については、日本も他人事ではありません。

日本でも、イスラム教組織やモスクなどがイスラム教徒の子女にイスラム教の教義や価値について教える学校や教室を多く運営しています。

また、日本の学校で教えられることはイスラム教の価値に反するとして、自分の子どもが学齢期になるとインドネシアやパキスタンなどに住まわせ学校に通わせる在日イスラム教徒も少なくありません。

イスラム教と教育という問題は、単に給食をどうするか、という問題ではないのです。

2018年3月12日月曜日

シリアで新たなアルカイダ組織結成

先月末、シリアのイドリブで新たな武装組織連合フッラースッディーン(HDと略すことにします)が結成されました。

日本語に訳すと「宗教の保護者たち」といった意味です。

イドリブは現在、HTSとJTSというジハード系武装組織連合間で熾烈な戦いが繰り広げられていますが、HDは反体制派同士の戦いを停止しともに東ゴータで戦火のもとに苦しむ仲間を救済するためにシリア政府軍と戦おうと呼びかけました。


これまでに、ジャイシュルマラーヒム、ジャイシュルバーディヤ、ジュンドゥッシャリーア、ジャイシュッサーヒル等々、イドリブやラタキアの10以上のイスラム系武装組織がHD入りを誓う声明を出しています。




これらはいずれもアルカイダ支持で知られる武装組織であるため、アルカイダからの「公認」はまだなされていないものの、メディアや専門家は「HDはシリアにおける新たなアルカイダ組織だ」との見方で一致しています。

シリアには内戦開始当初からアルカイダ系武装組織が存在しており、2012年以降はヌスラ戦線がもっぱら「シリアにおけるアルカイダ」の役割を担ってきたものの、2017年にはヌスラが自らアルカイダからの脱退を宣言、国際的には未だに「ヌスラ=シリアのアルカイダ」という認識が強いものの、シリア内戦においてはHTSという武装連合を結成し、他の反体制派やシリア政府軍と戦うという、妙な状況になっていました。

アルカイダのイデオロギーの特徴のひとつは、今の指導者であるザワーヒリーが演説でよく言っているように、ジハード組織同士でいがみあうのはやめ、一致団結して敵と戦おうと考える点にあります。

HDが最初に出した声明でもその特徴は確認されます。

共にジハードを掲げシリアでイスラム法による統治を実現させるという目標を共有するHTSとJTSという武装連合が、アサド政権に対して共闘しないばかりか互いを敵として戦っているというイドリブの現状は、アルカイダのイデオロギーとはかけ離れています。

興味深いのは、HD結成後より世界各地からHDを支持するという落書きのような投稿がSNS上などになされている点です。

こちらはインドネシアから。


こちらはインドから。


こちらはソマリアから。


こちらはナイジェリアから。


こちらはバングラデシュから。


これらは、アルカイダのイデオロギーが世界でいまだに求心力を持っていることの表れだと考えることもできます。

2017年10月のラッカ陥落後イスラム国の退潮が顕著になる中、シリア内戦の有力なプレイヤーとして新たに頭角を表すのは、このアルカイダ系武装組織かもしれません。

2018年3月7日水曜日

子どもにテロリスト養成教育を施していた男に有罪判決:ロンドン@イギリスの事例

イギリスの裁判所は先週、イスラム教徒の子ども達に対しテロ攻撃を実行する「イスラム国戦闘員」に仕立てるための「教育」を施していたとして、オマル・ハッキー容疑者(25歳)に有罪判決を下しました。


イスラム国を支持するハッキーは教師という立場を利用して11歳〜14歳の子ども達にイスラム国の斬首映像を見せたり、ロンドンで発生したテロ攻撃を模して「ロールプレイング」での訓練を施していたりしていた、とのこと。

警察によると、ハッキーは公立学校の教師ではなく、ゆえにイギリスの教員免許も取得していない状態で、いくつかのイスラム教徒用私立学校とバーキングにあるリップル・ロード・モスクに付属する学校で教師をしており、4年間で250人ほどの生徒を受け持ち、うち110人にこのジハード戦士養成教育を施していたそうです

現在、そのうち35人ほどが脱過激思想教育を受けているとのこと。 

生徒たちには、自分がイスラム国と関係していると告げ、そのことを他言したら斬首すると脅してた、とも報じられています。

長期にわたって子どもたちを「イスラム国のジハード戦士」として養成し、最終的にはロンドンで大規模テロを実行するのが彼の計画だったようです。

ニュース解説者によると、イギリスの学校では教育の透明性を高め、かつ子どもたちを守るという趣旨で、通常教員と補助教員という2名体制でクラスを担当しているとのこと。

ハッキーは子どもたちに「イスラム教」についての学問(イスラム学)を教えていたとされますが、要するに一人で、誰にも管理・監視されない状態で、子どもたちに対し、自分が教えたいことを自由に教える空間をモスクによって与えられていたのが問題なのだ、と解説者は語っています。

モスクが子どもたちにイスラム教を教える学校を併設したり、講座を開講したりするのは、世界各国で共通しています。

そこで教師役を務めるのは伝統的に、イスラム教について一般信者よりも多く学び、多く知っているとされる人物であって、特別な資格が必要とされることはありません。

イギリスではモスクでのイスラム教育についても、公立学校と同じようにOfsted(イギリスの教育監査局) の管理下に置くべきだという議論があるそうです。

しかしイギリスの場合は「イスラム教の家庭教師」という存在も多くおり、たとえモスクでのイスラム教育を公的管理下におくとしても、家庭教師までは管理できないという問題も指摘されています。

先日フランスのマクロン大統領も、国内のイスラム教を新たな形で管理するという「宗教改革宣言」を行い、直ちに国内のイスラム教徒指導者が反発する、という事案も発生しました。

今回のような事件が実際に発生している中、イギリスやフランスがモスクやそこでの教育、ひいてはイスラム教徒とどのように関わっていくかは大きな課題です。

「モロッコ人女性売ります」:Twitter広告が物議を醸す

先月Twitterに、サウジアラビアで複数のモロッコ人女性をメイドとして「販売」するという投稿がありました。


右側の女性は30歳のモロッコ人でサウジアラビアで5年間メイドをしていた経験があり料理と掃除ができる、とのこと。給与が1500リヤル(約4万円)と書かれているのはおそらく月給です。

左側の女性は26歳のモロッコ人で、こちらも給与は1500リヤル。

こちらは43歳のモロッコ人女性。


アラビア語とフランス語を話すことができ、老人と2歳以上の子供の世話、掃除、整理整頓などが可能で、月給は1300リヤル。

彼女のお値段は2万リヤルと明記されています。

日本円にして約56万円。

モロッコではもちろん、「これはあまりにひどい」「奴隷の一形態だ」と非難の声が殺到しています。

アラブ世界における外国人メイドといえば先日、クウェートで働いていたフィリピン人メイド2人の遺体が冷蔵庫に詰め込まれた状態で発見されるという事件がありました。

サウジアラビアでも外国人メイドをめぐる事件は度々発生しています。

2015年には、雇用主の家から逃亡を図ったインド人メイドの手首を雇用主が切り落とすという事件が発生しました。

2017年には、別のインド人メイドが雇用主から食べ物を食べることを禁じられた上に暴行をうけているとしてインド政府に直接助けを求めるという事件が発生しました。

同じく2017年には、モロッコ人メイドが雇用主から数ヶ月間暴行を受けた上に窓から突き落とされて重傷を負うという事件が発生しました。

モロッコ人女性がメイドとしてサウジで働くことが認められたのは、2011年になってからのことです。それでも、一ヶ月に1200〜1500リヤル(3〜4万円)稼げるとあって、これは自国で働くよりもよほど「割りがいい」ため、モロッコ人女性には人気の「出稼ぎ先」だと言われています。

モロッコとサウジアラビアは長いこと友好関係にあるため、この「メイド販売」 事件が政治化することはないだろうと言われています。

先日はインターネット上でエジプトの「業者」が「あらゆる年齢の子どもを取り揃えております」と宣伝して子どもを販売していた、というニュースもありました。

地球上にはまだ、人身売買や、人を人とも思わぬ扱いをすることが日常化している世界があるのだということを、アラブ世界のニュースを追っていると痛いほど思い知らされます。

2018年3月5日月曜日

DVのアザはメイクで隠せ?!:イスラム世界の女性に対する暴力再考

3月8日は国際女性デーです。

イスラム世界において女性が抱える問題は多岐に及びますが、今日は女性に対する暴力について、1年前にモロッコの国営放送でオンエアされ大論争を巻き起こしたテレビ番組をご紹介したいと思います。


これは、司会者の女性がDVで夫などに殴られ顔にアザができてしまった女性に対し、アザを隠すためのメイク方法を伝授する、という趣旨の番組です。

もちろん、番組に出ていた女性は本当のDV被害者ではなく、アザも特殊メイクで作ったものです。

司会者は、「今日は女性に対する暴力撤廃の国際デーにあわせて、 痛ましいテーマですが、殴られてアザができてしまった場合のメイク方法についてとりあげたいと思います」と言って番組を始めます。

「残念なことに殴られたことでアザだらけになってしまった女性」に対し、司会者は 「グリーンのコンシーラーを赤い打撲痕に少しずつ重ねます」「殴られたこの部分は、所は非常にデリケートになっているので、強く押してはいけません」「ルースパウダーを上に乗せてください、そうすれば一日中アザを隠しておくことができます」と述べるなど、かなり実践的。

おまけに、「日常生活の中でパートナーからDVを受けることは普通のことです。彼からDVをうけても、何事もなかったように振舞いましょう」「これは私たちが公言してはいけない問題です。でも残念なことに、これが事実です。私たちはこの番組が、女性たちにとって普通の生活を営む上で役に立つことを願っています」などとも言っています。

この番組は放送後、「女性へのDVが普通であることを前提としている」「メイク方法ではなく男性にDVをやめる方法を教えるべき」「女性に対し、暴力に抗議するより隠せと勧めているのか」等々と非難を浴び、それをうけて国営放送はインターネットから動画を削除し、謝罪をするに至りました。


しかしモロッコで、女性に対する暴力が日常的なものであるというのは、モロッコ人にとってはごく一般的な認識であり、 モロッコに住んでいた私にとってもそれは同じです。

2009年に発表されたモロッコ政府による調査でも、18歳から65歳までの女性の3分の2近く(62.8%)が身体的、精神的、性的、経済的暴力を経験しているとされています。

拙著『イスラム法の論理』でも記したように、イスラム法の中には女性に対する暴力を肯定する要素があります。

今はただ、女性を殴るのは普通だと男性の多くが考えるような社会が、少しずつでも変化してほしいと願うばかりです。

2018年3月3日土曜日

無神論者vsイスラム教徒:エジプトのトークショーで大波乱

先月エジプトのトークショーで、「オレは無神論者だ」と宣言した若者がスタジオから追放される、という「事件」が発生しました。



 司会者に、「君の考えを視聴者にもわかるように説明してくれたまえ」と促されたこの若者は、「自分は無神論者で、神の存在も信じないし、宗教も信じていない」と述べます。

それを聞いたエジプトにおけるスンナ派の権威アズハルの元副総長マフムード・アシュール師は、文字通り目を丸くして「え?え?え???」と聞き返します。

すると若者は再度、自分は無神論者だと繰り返し、「自分にはきちんと倫理観が備わっていて、社会人としても社会に貢献できているので、宗教など必要としてない」と述べます。

彼はデンマークなどヨーロッパ諸国の倫理性の高さなどについて述べるも、イライラしたアシュール師に「君は仕事をしているのか?」とか「ご両親は何をしている?」などあれこれ聞かれ、「そういった個人情報についてはここで口にする必要はないはずです、自分の考えについて述べる為にここにいるはずじゃないですか?」と答えたことで、師と司会者をさらにイライラさせます。

司会者に「君は本当に宗教や神と完全に決別したというのか?」と聞かれた若者は、「そうですよ」と軽く答えます。

アシュール師に無神論者である理由を説明するよう求められると「神がいるという証拠が全くないからだ」と述べます。

それに対して司会者はただちに、「君は神がいるという証拠がないというが、それじゃあ君を創造したのは誰なんだ?君が人間として今ここにこうして存在しているのはどういうわけだというんだ?!」と突っ込みます。

それに対して若者は、「地球がどのように誕生したかについてはいくつかの説があるが…」と言い始めるものの、それをマフムード師は 「君はいかにして人間になったのかと聞いているんだ」といなします。

若者はこれに対し、「我々の存在を説明づける理論はいくつか存在しており、そのひとつに神が創造した、というものがあります。他にもビッグバンのように…」と話し始めるも、再度司会者が「おいおい君、そんな妙な言葉を使わずアラビア語で話したまえよ、我々はエジプトにいるんだし、エジプトの一般大衆はそんな言葉を言われてもわからないじゃないか」と横槍をいれます。

若者は「でも科学というのは英語で語られるものなので…」と言い淀むも、司会者に「君はいったい、なんの科学について話をしているんだ??」となぞのツッコミを入れられます。

司会者は、「君は混乱して自信を失い、神の存在を否定し、我々の宗教や信条を拒絶している。君はいったい、なんなんだね?!」と興奮。

これに対して若者は、「それは悪いことですか?」と尋ねます。

司会者は「もちろん最悪だよ。君はなにか考えを述べる為にここに来たはずなのに、考えなどないじゃないか。君が述べているのは無神論と不信仰だぞ。私は視聴者に、こんなエジプト人を我々の番組に出してしまったことを謝罪しないといけない。視聴者のみなさん、本当に申し訳ありません。そして君、ムハンマド、我々は君とは一緒にいられない。残念だが、君の考えは不適切であり、そのような破壊的な危険思想をこの場で広めることは認められない!」と一気にまくし立てます。

マフムード・アシュール師は「ムハンマドよ、君には精神科の治療が必要だ」と述べ、司会者も「私は君に、このスタジオから直ちに立ち去り、その足で精神科に直行することをおすすめする」と述べます。

そして「残念だが君の考えはエジプトの若者にとって危険で最悪だ、君はエジプトの若者にとって最悪の見本だ、君ともうこれ以上ここに一緒にいることはできない」と再度退場を促します。

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これはお芝居ではありません。

これは、エジプトというイスラム教徒がマジョリティを占める国において、自分は無神論者だと公言する人間が出現した場合に予想される、最も寛大な反応の例だと言えるでしょう。

拙著『イスラム教の論理』にも記したように、イスラム法においては、神はいないと公言することは背教罪を構成し基本的に死刑が相当と定められています。

エジプトでも先ごろ、ファトワー庁が「SNSを介して無神論が広まらないように警戒しなければならない」と注意を促しています。

2018年3月2日金曜日

シリア東部で継続される「イスラム法による統治」


拙著『イスラム国の論理』でも記したように、イスラム国の最大の売りは自分たちこそが最も正しく「イスラム法による統治」を実践する主体であるという点にあります。

彼らが日々、映像や画像を公開する主たる理由は、それを広く世界にアピールするためであり、シリアとイラクで領土を大幅に減らした今も、彼らは細々とそれを続けています。

シリアにおけるイスラム国の領土は、下の地図の濃いグレーで示された部分です。


昨日、シリア東部のものとして公開された画像には、「イスラム法による統治」の今が映し出されています。

こちらは裁判所の様子。


イスラム法に基づいて裁判が行われているというのは、「イスラム法による統治」の基本です。

こちらは喜捨センターの様子。


喜捨はイスラム教徒に課せられた5つの重要な義務のうちのひとつです。


貧しい人には喜捨を財源として食糧などが配布されます。

こちらは宗教警察。街で見つけた「イスラム法に反するもの」を注意して回るのが宗教警察官の仕事です。



こちらは検問の様子。


こちらは検問などを担当する警察官たち。


こちらは宣教センター。市民を集めてイスラム教についての勉強会などを開催します。


これらの写真からは、現在のイスラム国による統治は、ラッカやモスルを統治していた全盛期と比べると格段に小規模だということ、また資金難であろうことが窺えます。

しかしどれほど苦境にあろうとも、「イスラム法による統治」を続けているという点こそが、彼らのレゾンデートルなのです。

先ほど発行された週刊誌においてもイスラム国は、HTS(アルカイダ系反体制派武装組織)のシリア政府やロシアに対する「弱腰外交」を批判し、その失敗をあげつらった挙句、自分たちはあくまでも神の法にのみ従うと決意を新たにしています。