2019年10月29日火曜日

テロリスト称賛を隠しきれない人たち

2019年10月27日、アメリカのトランプ大統領によってイスラム国指導者バグダーディーの死が発表されました。

トランプ氏はバグダーディーの死で「世界はより安全になった」と主張しましたが、本当にそうなのか、彼はどのような立場にあり、彼の死はイスラム国や世界にどのような影響を与えうるか、トルコはテロ支援国家なのかといった問題については、FNNに寄稿したこちらの記事をご覧ください。

それとは別に、どうしても記しておきたいことがあったため、久々にブログに書くことにしました。

それは、バグダーディーの死により、イスラム過激派テロリストへの称賛を隠しきれないメディアや専門家の「本音」が露呈された、という事実です。

まずはこちら、ワシントン・ポストの記事です。

 バグダーディーのことを「厳格な宗教学者」と描写しています。

テロリストでも過激派でも大量殺人犯でもレイプ犯でもなく、「厳格な宗教学者」です。

日本人2人を含む多くの人を残虐なやり方で斬首したのも、ヨルダン人パイロットに生きたまま火をつけて焼き殺したのも、多くの同性愛者を高い建物から突き落として処刑したのも、ヤズィーディー教徒の女性たちを性奴隷にしたのも、キリスト教徒をズィンミーという地位に貶めたのも、「不信仰者」や「背教者」数万人の命を奪い、家族を奪い、故郷を奪い、破壊し尽くしたのも、全部イスラム国です。

ワシントンポストがその指導者であるバグダーディーを「厳格な宗教学者」と讃えるのには、理由があります。

ワシントンポストは、イスタンブールでサウジの手により殺されたカショギがコラムを書いていた新聞です。カショギは、サウジやエジプトがテロ組織指定しているムスリム同胞団と深いつながりのあった人物です。

ムスリム同胞団は、民主主義をツールとして利用することによってイスラムによる世界征服という目標を達成すべく活動している世界最大のイスラム組織です。

こうした動きは「政治的イスラム」と呼ばれ、ムスリム同胞団の現在の最大の支援者であるトルコのエルドアン大統領がその急先鋒です。

ワシントンポストはカショギ殺害後、カショギの遺志を継いだ報道を続けると宣言しました。

ムスリム同胞団同様、イスラムによる世界征服実現を目指し「立派に殉教」したカリフ・バグダーディーを「厳格な宗教学者」として讃えるのは、カショギの遺志の継承者としてこれ以上ないほどふさわしいふるまいだと言えます。

なおトランプ大統領は、ワシントンポストをかねてより「フェイクニュース」と批判しており、先日アメリカ当局は政府機関に同紙の購読契約の更新をしないよう通告しました。

次はイギリスの、ザ・タイムズ


バグダーディーは「有望なサッカー青年でありコーランを学ぶ学生だった」そうです。

バグダーディーの死は、ザ・タイムズにとってよほどショックだったことでしょう。

同様の記事はBBCインドにも。


サッカーのスター選手だったことだけではなく、子供や囚人にもコーランを教えていた、とのこと。

うーん、文武両道、実に素晴らしい「厳格な宗教学者(byワシントンポスト)」ですね。

次はブルームバーグ。

 
「無名のコーラン朗唱者からシリアとイラクを支配する主体の統治者へ」と、まあみなさん、よっぽどバグダーディーの「立身出世」にご執心のようです。

次はロイター



バグダーディーは「転落」したということは、それ以前はよほど素晴らしい地位にあったという認識のようです。

次にパキスタンの政治家


アメリカ大統領の発表は信じないけど、イスラム国の公式発表は信じるそうです。

最後に日本人研究者
「社会科学に基づいたきっちりとした研究」をしないと、バグダーディーやビンラディンを否定してはいけないそうです。

また、「歴史的研究」をしないと、イスラム国やアルカイダを否定してはいけないそうです。

テロリストやテロ組織への称賛を隠しきれず、むしろ本当は絶賛したいのだが理性でどうにかそれを抑えている、といった言説は、実はメディアにも研究者にも多く見られます。

バグダーディーの死は、彼らが本音をさらけ出す契機となったという意味で、私にとっては極めて重要です。

一般に、イスラム過激派や政治的イスラムを擁護したり、それらを批判する人に対し「ヘイトだ!」とレッテルを張りその発言を封じ込めようとするメディアや人物は、左派的傾向にあります。

左派とイスラム過激派、政治的イスラムは、今ある世界の秩序やルールを全て破壊しなければならない、という信念を持っている点で一致しています。

だから西洋の左派は「リベラル」を自称しつつ、イスラム世界の「リベラル」ではなく、イスラム過激派や政治的イスラムに接近し、「ハマスやヒズボラは左派の仲間だ」と臆面もなく発言したりするのです。

その様については、中東協力センターニュースに寄稿したこちらの記事に記しました。

イスラム国やアルカイダなどのイスラム過激派やムスリム同胞団などの政治的イスラムが目標としているのは、もちろん、イスラムによる世界征服です。神の法であるイスラム法によって全世界を統治するため、彼らはジハードを続けています。

左派が今ある世界の秩序を破壊した後、何をもたらそうとしているのかは私にはわかりません。一部の人が富と権力を独占し、その他大勢を「平等」の名の下に統治するソ連のような体制でしょうか?

私はメディアや研究者の世界に深く刻み込まれたこうした破壊イデオロギーに対し、甚大な危惧を抱いています。

2019年3月13日水曜日

飯山陽プロフィール

飯山陽(いいやまあかり)

▼専門

・イスラム法学
 →イスラム教の教義の基本を司るイスラム法が7世紀から現在までどのように成立し運用されてきたかの研究
・イスラム教に関わる世界情勢の調査・分析
 →世界中で発生するイスラム教やイスラム教徒に関わるあらゆる事案の情報収拾と分析

▼履歴

1976年 東京生まれ
1994年 筑波大学附属高等学校卒業
1998年 上智大学文学部史学科卒業
2000年 東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了
2000年〜2001年 文部省派遣留学生としてモロッコ留学
2001年〜現在 アラビア語通訳(テレビ取材、放送通訳、イベント通訳等)
2006年 東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学
2006年〜2011年 東京女子大学、上智大学、国士舘大学、東海大学、明治学院大学、千葉大学等で非常勤講師
2009年 東京大学より博士(文学)取得
2011年〜15年 エジプト(カイロ)にて調査・研究
2011年〜2020年 上智大学アジア文化研究所客員所員
2011年〜現在   執筆、企業、メディア向けのリサーチ、モニタリング、講演等
2017年〜現在 タイ(バンコク)にて調査・研究中 

▼単著

『イスラム教の論理』新潮社(新潮新書752)、2018年2月。
『イスラム2.0:SNSが変えた1400年の宗教観』河出書房新社(河出新書)、2019年11月。

連載

『ニューズウィーク日本版』コラム連載「疾風怒濤のイスラム世界」
FNNプライム寄稿
「イスラームの論理と倫理」晶文社。

▼関心

・今を生きる日本人がトラブルを避け安全に暮らすために知っておくべき世界情勢に関する情報の提供
・イスラム教やイスラム教徒について、イスラム擁護論にもヘイトにも偏らない客観的な情報と解説の提供
・イスラム2.0(インターネット時代のイスラム教)
・イスラム教と近代イデオロギーの相克が引き起こす諸現象の分析
・イスラム諸国の政治動静の分析
・イスラム教の宗教改革の行方 

▼好きなこと

・勉強/研究すること
・料理すること
・音楽を聞く/ライブに行くこと
・本を読むこと
・運動すること
・映画を観ること
・旅行すること
・動物と戯れること
・友達と喋ること



「敗北しても勝利」:イスラム国最後の拠点の内部映像が語る「イスラム教の論理」

2014年にシリアとイラクにまたがる地域を制圧し「カリフ制」再興を宣言したイスラム国は現在、シリアで支配していた最後の拠点バーグーズ陥落の瀬戸際に瀕しています。

アメリカに支援されているシリアのクルド人を中心とする武装組織SDFに包囲されて以来、バーグーズからは多くのイスラム国戦闘員やその家族らが投降してきました。

彼らが拘留されているキャンプには世界各国から多くのメディアが取材に訪れ、15歳の時に自らイスラム国入り「イスラム国花嫁」となったイギリス人シャミーマをはじめとする、多くの「イスラム国花嫁」やその子供たちが「発見」され、報道されました。

メディアはまた、「イスラム国花嫁」のほとんどがイスラム国入りしたことを後悔したり反省したりしていないばかりか、「イスラム国は永遠なり!」「アッラーフアクバル(神は偉大なり)!」と叫んだり「イスラム国こそ私たちの居場所。カリフ様が出て行くように言わなければ留まりたかった」と主張したりすることを、驚きをもって報道しています。

「イスラム国に行く人は洗脳されているに違いない」としか考えられない日本や西側諸国のメディアの人たちは、こうした女性たちを目の当たりにしてなお、「戦争や殺戮や飢えなど大変な目にあってきただろうに…いやー、洗脳って本当に強力」と、洗脳説から脱却できないようです。

しかし何をもって洗脳とするかについて議論しても不毛なのでしませんが、彼女らはイスラム国こそ真に正しいイスラム教の実践者なのだと信じているのです。

拙著『イスラム教の論理』にも記したように、伝統的なイスラム教の枠組み内では「イスラム国のイスラム教解釈は間違っている」と主張することはできても、それは「イスラム国のイスラム教解釈は正しい」という主張と同程度の価値しか有しません。

どのイスラム教解釈が正しいかを判断することができる人も組織も制度も、伝統的なイスラム教の枠組み内には存在しないのです。

話をシリアに戻しますが昨日、陥落間近のバーグーズの内部映像をイスラム国が公開しました。

コーラン章句を朗々と暗誦するこの戦闘員は、「なぜわずかな領土しか持たない我々を殲滅しようと世界中の不信仰国家がここにやって来て、そして我々を包囲するのか?それは我々が神の法の適用を意図したからだ!」と主張します。


世界のどこにもコーラン、神の法に基づいて統治を行う集団は我々イスラム国をおいて他にはない、そして我々は殺されたとしてもそれが勝利なのだ、と得意満面です。

彼は、自分たちは「この世(現世)の基準」ではなく「 あの世(来世)の基準」即ち、「神の基準」で生きているのだと強調します。

そして「この世の基準」では我々が殺され、焼かれたとしたら、それは我々の敗北だとみなされるだろうが、「神の基準」では我々は天国に迎えられるのであり、それは勝利なのである、とコーランを引用しつつ説明します。

全ては神の手中にあるので我々は忍耐する、この世で我々の道が閉ざされ包囲されても神への道は開かれている、勝利は神と神の使徒ムハンマドを愛する者の手に約束されている、勝利は近い、と訴えます。

このシャイフ風の人も、「我々は神の法(シャリーア)による統治を行っているからこそ攻撃されているのだ」「いくらここで我々の領土が狭まろうと神の勝利は近い」と主張します。

 この覆面戦闘員も、「我々はこの戦闘で敗北しても勝利する。もちろん勝利しても勝利である。だから恐れるな。飢えや欠乏を祝福せよ。神は信仰者に勝利をもたらす」と呼びかけます。


バーグーズ内部は車やバイクが行き交い、ベビーカーを押す女性や子供の姿も見られます。

イスラム法の秩序を街中で徹底させるヒスバによるパトロールも続けられています。

しつこいですが、イスラム国の人たちというのは、自分たちこそ最も正しく神の命令に従い神の法を適用していると信じている人々です。

彼らは、胡散臭いペテン師が自らの利益のためにあの手この手で弱者を洗脳して集めた集団ではありません。 

彼らのよすがは神の言葉であるコーランです。

そして彼らの目的はイスラム法による統治を世界中に拡大させることであり、その目的のために死ぬことは殉教であるとして全く厭いません。

なぜならイスラム教では、殉教者には天国、来世での救済が約束されているからです。

私たちの基準、私たちの価値観で彼らの考え、生き方を測っても、無意味なのです。

現在、SDFによって包囲され、間も無く陥落するであろうバーグーズの中にいるイスラム国戦闘員たちの言に耳を傾けることは、これから私たちがこうした人々とどう対峙していくべきかを考える上で非常に重要だと私は考えます。

2019年3月11日月曜日

イスラム教徒 vs. LGBT:イギリスの小学校でマイノリティ同士の戦い勃発

イギリスのバーミンガムにある小学校で今年2月、イスラム教徒の父母を中心とする300人ほどがLGBTについての授業に抗議するデモを行いました。(写真はMailOnlineより)


この小学校では「仲間はずれなんていない(No Outsiders)」というプログラムに従い、年に5回、LGBTの平等を促進しLGBTの価値観を支持する授業が行われていました。

そこではお母さんが二人いる家庭の話など、同性愛や同性婚の話を読ませ、その価値観を肯定するよう指導されていたとのこと。

これに対してイスラム教徒の父母は、「価値観の押し付けだ!」「子供の無垢さを利用するな!」「我々の子供に同性愛やLGBT的な生き方を勧めるな!」「我々の文化に対する差別だ!」等々と抗議、授業停止を求める署名活動が行われ、3月には授業に参加させないために600人ほどの子供を学校から連れ戻す事態に発展しました。

これを受けて学校は「仲間はずれなんていない」授業の停止を決定

一件落着かと思われたところで、今度はLGBTを支援する議員が、イスラム教徒父母の行動はLGBTに対するヘイト・クライムであり学校から生徒を連れ戻し教育を妨害したことに対して罰金が課せられるべきだと抗議しました。

LGBTの支援者らは、こうしたイスラム教徒たちによるLGBTに対する侮辱の声は日に日に大きくなっており、社会が分断されてきていると懸念を表明しています。

イスラム教徒とLGBTは共にいわゆる社会的なマイノリティであり、リベラル勢力が保護すべき対象だと主張してきた存在です。

今回発生したのは、マイノリティ同士の利益が相克するという事案です。

イスラム教においては、同性愛行為は神の秩序に対する反逆行為であるとして禁じられています。

イスラム法において合法とされる性交渉は、婚姻関係にある異性同士か、男の主人と女奴隷との間のもののみと規定されており、それ以外は全て違法なのです。

またイスラム教は、神は人間を男と女として創造し、それぞれにふさわしい規範を与えたと考えるので、男の身体を持って生まれたのに女だという自覚を持ち自分は本当は女だと主張する、といった「性同一性障害」というものの存在を本来的に想定していません。

心の中でそういった認識を持つだけならば自由ですが、それを表明することは全く認められないのです。

ですから、「LGBTの価値や生き方を認めましょう!」「LGBTも平等です! 」と学校で教え込まれるのは、イスラム教徒としては大変な迷惑なのです。

イスラム教徒は自分たちこそ「保護されるべきマイノリティ」だという認識があるので、「LGBTの価値を押し付けられるのはそれと矛盾するイスラム教の価値を軽視しているという点で差別的であり受け入れられない」、と主張しているのです。

一方、LGBTの側もイスラム教徒に「お前たちの価値は受け入れられない」と言われているわけですから、これは差別だと感じられます。

特に問題となった学校はイギリスの教育監査局オフステッドから高く評価されている普通教育を施す学校であり、決して宗教学校ではありません。

多様性のある社会を実現させようという流れの中で、なぜ自分たちがイスラム教徒に遠慮しなければならないのか、そんなことがあっていいわけがない、という主張も理解できます。

私はここで、イスラム教徒とLGBTのどちらに味方すべきか、という話がしたいわけでは全くありません。

私の目的は、マイノリティが個々の権利、利益を主張すればするほど、社会は分断されるという現象の具体例を示すことです。

今回のような事件が発生すれば、イスラム教徒も「LGBT教育反対!」という人と、「LGBTについて学ぶくらいはいいんじゃないの?」と考える人と、「俺/私も実はLGBT」と主張し始める人と…とさらに分裂するでしょう。

(実際、バーミンガムにはイスラム教徒LGBTの組織があります。)

LGBTの人々も「イスラム教徒もLGBT平等を認めるべき!」という人と、「イスラム教徒はLGBTを認めなくてもいいけどLGBT授業はすべき」という人と、「イスラム教徒にはLGBT授業は不要」という人と…とさらに分裂するでしょう。

多様性のある社会と聞いて想定するのは、様々な人種、宗教、文化、性的指向を持つ人々が、互いに認め合い、時にそこから新たな融合文化が生まれ出るような、ニューヨーク的な、理想的な社会かもしれません。

しかしバーミンガムの事例が示すのは、様々な特性を持つ人々同士は、互いを認め合うことがないどころか、互いの存在を否定し合い、権利を主張しあって争い合い、文化や社会は融合するどころかますます亀裂が増え分断が進むことがある、という事実です。

日本は欧米から何周も遅れて外国人労働者を受け入れることを決定し、今更のように「多様性のある社会を実現させよう!」と政界や経済界が声を合わせて主張し始めました。

私たちは、実態のない妄想としての理想的多様性社会を夢見るより、実態としての多様性社会でどのような問題が生じているか、それはどのようにこじれ、どのような解決をみるのかについて、注視しそこから学ぶべき時期にきているように思います。

2019年3月4日月曜日

イスラム教権威の「一夫多妻は女性に不公平」発言に大衆大激怒

2019年3月1日、エジプトのイスラム教研究・教育機関アズハルの総長アフマド・タイイブ師が国営テレビの番組に出演し、「一夫多妻は多くの場合女性と子供にとって不公平だ」と発言し、SNSでイスラム教徒大衆が大激怒する炎上騒ぎとなりました。


 タイイブ師は、エジプトの法で女性相続者の相続分が男性相続者の半分とされているのは改正されねばならない、なぜなら女性は我々社会の半分を構成しており、女性の利益を顧みないことは我々が片足で歩くようなものだからだ、と語ります。

そして相続だけでなく結婚における女性への不公平も改正していかねばならず、結婚の基本は一夫多妻だと主張する者は間違っており、コーランにおける結婚の基本は「もしあなた方が公平にはできないかもしれないと恐れるならば一人だけ娶れ」、つまり一夫一婦制だと述べました。

というのもタイイブ師曰く、「一夫多妻は非常に多くの場合において女性と子供たちに とって不公平」だからであり、イスラム教徒には一人だけでなく二人目、三人目、四人目の女性と結婚する「自由」があるのではなく、一夫多妻が例外的に許可されるためには複数の妻に対して公平であることが条件とされる、とのこと。

しかもこの場合、一夫多妻をとりあえずやってみて、それで公平にできるかどうか判断する、できなければ離婚する、といったやり方は認められないのであり、公平にできないかもしれないという恐れがほんの少しでもあるなら一夫多妻は認められない、と論じられています。

テレビでこの議論が放送されると、タイイブ師は一夫多妻を禁じようとしていると解釈した一般のイスラム教徒達が、一斉にSNSでタイイブ師を批判し始めました。

「黙れ。」
 「大嘘つき。」


 「無知蒙昧はもうたくさん。」


アズハル総長はエジプトのイスラム教の一大権威者です。その権威者がエジプト国営テレビで述べたイスラム教についての見解に対し、一般のイスラム教徒がこの反応です。

イスラム教は無知蒙昧だった「無明時代」に光をもたらしたと人々に信じられています。ところがそのイスラム教の伝統の護持者のトップに対し、在野の一般信者が「無知蒙昧」と罵詈雑言を投げかけるのですから、よほどのことです。

というのも、この議論は一見してコーランの有名な章句に抵触すると理解されたからです。

「アズハル総長が一夫多妻は不公平と論じるとは一体どういうことだ? 至高なる神が「あなたがたがよいと思う2人、3人または4人の女を娶れ」とおっしゃっているというのに。」


「啓示は貧乏な男にも金持ちの男にも四人の妻を娶ることを合法としているんだよ。」



「イスラム教徒の学者達はみな彼の見解に意義を唱えるね。」


「アズハル総長がこんなことを言うなんてありえない。強大なる神を畏れるべきだ。こんなことを言うなんてハラーム(違法行為)だ。」


「残念だけどタイイブ師は間違えてるし、離婚を増やすだけだね。確かに結婚において公平は義務だけど、彼が言ったようなやり方じゃないよ。」


インターネット時代を生きる今のイスラム教徒大衆は、かつての識字能力も論理的批判能力も持っていなかったイスラム教徒大衆とは異なります。

彼らはもはや、政治権力に取り込まれ地位と名誉と給料を与えられ「偉い」ということにされている宗教権威が、テレビやモスクで説くイスラム教を盲目的に信じる従順な大衆ではないのです。

インターネットの普及により、彼らはインターネットを通じてやすやすと啓示にアクセスし、特定の問題について何がイスラム教的に正しい、啓示に立脚した規範であるかを見極める能力を身につけました。

そして彼らは、「啓示に立脚する」というイスラム教で伝統的に正しいとされるやり方を踏襲することによって伝統的な宗教権威者の議論に挑戦し、反駁する能力を身につけました。

彼らはSNSで批判的コメントを書き込むことにも、全く躊躇はありません。

むしろ、イスラム教を歪曲しようとする不正なる「御用学者」は、どんどん批判しなければならないのです。

タイイブ師のこの議論については、このような書き込みもありました。

「シシ(エジプト大統領)の御用学者だな。 」


これぞまさに、私が昨年からあちこちで主張してきた「イスラム2.0」時代を象徴する現象です。

インターネットの普及により「イスラム法的リテラシー」を身につけ、脳内のイスラム・ソフトを「イスラム2.0」にアップグレードさせたイスラム教徒たちは、もはや御用学者が適当な議論で簡単にコロッと騙せるような「ちょろい」存在ではなくなっているのです。

先月、タイイブ師がカトリック教会のローマ教皇とともにUAEに招かれ、あたかもイスラム教徒を代表する最高権威であるかのような扱いを受けたことを皮肉るコメントも多くありました。

「アズハル総長はUAEから戻ってから感電したんだな、きっと。」


きっと脳の血管が切れて頭がおかしくなっちゃたんだね〜という、強烈な皮肉です。

一般のイスラム教徒は、西洋やイスラム諸国支配者の企みにも、ちゃんと気づいています。

「イスラム教の中にタイイブ師の言うようなものはない。これは西洋の伝統だ。西洋はアズハル総長をカトリック教会のローマ教皇のようにイスラム教徒達の最高権威に祭り上げようとしているがそんな努力は無駄だ。我々はコーランと我々の預言者のスンナにしか従わない。」


もはやイスラム諸国の支配層は、かつてのように簡単には大衆を騙したり、支配したりすることはできないのです。

テレビ放送の二日後、アズハルは公式HPで「タイイブ師は決して一夫多妻を禁じようとしているわけではない。 コーランやスンナの規範に反するような法を作ろうなどという趣旨は全くない」と釈明する声明を発表しました。

もちろん、「人々がタイイブ師の議論を誤解しただけだ」というのがアズハルの言い分です。 しかし、アズハル総長のイスラム法解釈に在野の一般大衆が噛みつき、それに対してアズハル本体が釈明するというのは、新しい現象です。

これまでイスラム教の知的資源と地位を独占してきたエリート層は、インターネットの普及に伴う「イスラム2.0」へのアップグレード現象の急速な拡大により、その地位を確実に脅かされつつあります。

「イスラム2.0」的な現象は、今後も世界各地で多く出現することになるでしょう。

2019年2月1日金曜日

なぜイスラム教では「宗教に強制なし」なのに「棄教=死刑」なのか?

2019年1月初頭、ラハフという名の18歳のサウジ人女性がビザ不所持でタイのイミグレで拘束され、イスラム教を棄てたので国に帰ると家族に殺されると主張、それが理由で難民認定されカナダに移住するという事件が起こりました。

イスラム教の規範においては一般に、「棄教=死刑」とされています。

典拠としては一例として以下のようなハディースが挙げられます。


一方でイスラム教の聖典『コーラン』には「宗教に強制なし」とか「あなた方にはあなた方の宗教があり私には私の宗教がある」という章句があることがよく知られています。



宗教に強制がないならばイスラム教をやめるのも自由なはずではないか、という疑問がわくのは当然です。

イスラム世界には、こうした問題についてイスラム法学者に質問をすると法学者がファトワーという回答を出してくれるという伝統があります。

ちょうどこの問題について、クウェートの著名法学者であるウスマーン・ハミース師が先日(1月9日)ファトワーを出しました。


 同師は言います。

「棄教者に対する死刑は、その人をイスラム教徒にもどすことを意図するものではない。」

ではなぜ死刑に処されるのかというと、

「棄教者は犯罪を犯したからだ。」

とのこと。

姦通の罪を犯した者が既婚者ならば石打刑、 未婚者ならば鞭打ち刑に処されるのと同様に、棄教者は棄教という罪を犯したので死刑に処される、ただそれだけのことだ、と同師は説明します。

棄教はイスラム教に対する侮辱と同等の罪と規定され、預言者ムハンマドや唯一神アッラーを侮辱した場合と同様の罰を受けると同師は述べています。

預言者や神に対する侮辱に対する罰は死刑であり、よって棄教者も死刑に処されるのであって、それは棄教者にイスラム教という宗教を強制するのとは全く異なる、と説明されています。

同師は次のようにも言っています。

「我々は、イスラムに改宗しろ、さもなければ斬首する、などとは言わない。」

つまり、「宗教に強制なし」と「棄教=死刑」は全く矛盾してなどいないのです。

なお「棄教=死刑」というのはイスラム法の規定であり、現在のイスラム諸国ではイスラム法ではなく国家の定めた制定法が施行されているので、必ずしも全ての国において「棄教=死刑 」ではありません。

一方、「棄教=死刑」というイスラム法の規定は現在もなおイスラム教徒に広く支持されているということも指摘しておきます。

2010年にピュー・リサーチセンターが実施した調査では、エジプト人の86%、ヨルダン人の82%、アフガニスタン人の79%が棄教者に対する死刑を支持していルことが示されています。


歌手のゼイン・マリクの例に見られるよう、イスラム教をやめたと公に宣言した人に対し「死ね」という脅迫が殺到する理由は2つあり、ひとつ目はイスラム法でそう定められているからで、ふたつ目はその規定が今もなお一般のイスラム教徒に強く支持されているからです。

刑法で「棄教=死刑」と定められてはないものの国民の90%がイスラム教徒であるエジプトにおいても、基本的に棄教というのはあってはならない…というか、ありえない行為です。

ところがここ数年、エジプトの特に若者の間でちょっとした「無神論ブーム」があり、ある若者がテレビのトークショーで自分は無神論者だとぶっちゃけ、大変な騒ぎになりました。

問題のトークショーの映像と解説はこちら「無神論者vsイスラム教徒:エジプトのトークショーで大波乱」です。

司会者とイスラム教指導者が最初思わず茫然自失し、その後怒涛の反撃で怒りをあらわにする様子がよくわかります。

なおイスラム法においては、棄教はそれ自体が犯罪とされているように、不信仰もそれ自体が犯罪とされています。

不信仰者は不信仰者であるだけで、自分では全く悪いことをしているつもりはなくとも十分立派な犯罪者なのです。

2019年1月30日水曜日

2019年版「世界の脅威評価」とアジアにおけるイスラム過激派

ODNI(アメリカ国家情報官室)が2019年版の「世界の脅威評価」リポートを公開しました。

サイバー攻撃や大量破壊兵器等と並び「世界の脅威」のひとつとして取り上げられているのがテロリズムです。

テロリズムの第一に挙げられているのがスンナ派武装過激派であり、世界中に多くの組織を持つグローバル・ジハーディストは依然として世界の主たる脅威であり続けているとされています。

グローバル・ジハーディストを束ねる二大組織として挙げられているのが、イスラム国とアルカイダです。

両者の世界的な勢力拡大の実態は以下の地図に示されています。


斜線で示されたトルコ、エジプト、リビア、アルジェリア、マリ、ソマリア、イエメン、アフガニスタン、パキスタン、バングラデシュといった諸国にはイスラム国とアルカイダの両勢力が存在し、多くの場合両者は直接戦闘し牽制しあっています。

興味深いのは、シーア派が大多数を占めるイランがアルカイダの活動地域として明確に図示されている点です。

アルカイダの指導層がイランに潜伏し影響力を強めていることは、既にアメリカ政府や国連も指摘しています。

 イスラム国は領土を大幅に失った現在もイラクとシリアに数千人の戦闘員を擁し、世界中に8支部、10以上のネットワーク、数千人以上の支持者を保持し、依然として中東及びアメリカを含む西側諸国に対する攻撃を続けるだろうと予測されています。

またイスラム国はスンナ派イスラム教徒の抱える不平不満を吸収し社会的な不安定さを利用することによって、将来的にはイラクとシリアに再び広大な領土を獲得することを目指すだろうとも予測されています。

アルカイダについては、世界に広がるネットワークの指揮系統構造を強化しアメリカを含む西側諸国への攻撃の呼びかけを続けているものの、ここ数年その攻撃は国外の権益に対するものに限定されており、今後もその傾向は続くのではないかと予測されています。

またアルカイダの支部の中ではイエメンを拠点とするアラビア半島のアルカイダ(AQAP)、北アフリカとサヘル地域を拠点とするイスラムマグレブのアルカイダ(AQIM)が特に強大化しており、いずれも反政府武装闘争を展開しつつ「安全地帯」と資源を保持し、地域におけるアメリカの権益への攻撃の機会をうかがっているとされています。

2018年にジハード主義者が特に勢力を拡大させた地域としては、アフリカとアジアが挙げられています。

マラウィを占拠して半年以上フィリピン軍と攻防戦を繰り広げ今も各地でテロを実行しているフィリピンのイスラム国幼い子供を含む家族全員による自爆テロを連続的に実行したインドネシアのイスラム国など、アジアでのイスラム過激派の「活躍」は世界的に見ても顕著なものとなっています。

この後に及んでなんですが、「アジアのイスラム教徒は穏健だ」という思い込みはイスラム過激派には一切当てはまりません。

イスラム国家樹立を目指し武装して国軍と直接戦闘を繰り広げたり、あるいはテロ攻撃を実行したりするという点において、アジアのイスラム過激派は中東やアフリカのイスラム過激派と違うところは全くありません。

また国境を越えてグローバルに「活躍」するという点においても、皆等しく共通しています。

マレーシアのテロ対策部門長によると2013年から2018年までに同国でテロ容疑で逮捕されたのは445人であり、そのうち4分の1以上を占める128人が外国人だったとのことです。

テロ容疑で逮捕された外国人のうち最も多いのがフィリピン人で46人、次がインドネシア人で35人となっています。

タイやシンガポールといった東南アジア諸国の当局もイスラム過激派とテロに対する警戒を強化しています。

イスラム過激派やテロといった脅威はもはや、中東やアフリカといった日本から「遠い」世界だけのものではなくなっているということを、多くの事件や統計、情勢分析が指し示しています。

2019年1月29日火曜日

「イスラム教の宗教改革」について考える

エジプト当局がイスラム教の宗教改革に向け新たな一歩を踏み出しました。

国内外のイスラム教指導者のトレーニング施設、その名も国際ワクフ・アカデミー(IAA)の新設です。

エジプトのシシ大統領はかねてより、イスラム教を近代に調和させるために、イスラム教の諸概念を再定義し、それによってイスラム教についての言説を刷新しなければならないと主張してきました。


また早期・具体的にそれに着手するよう、エジプトの二大宗教権威であるアズハルと宗教省に再三要請してきました。


 IAAはエジプト宗教省主導のプロジェクトです。

オープニング式典でエジプトの宗教大臣は、「IAAはイスラム教についての言説刷新への呼びかけへの第一歩」であり、それは「イスラム教の知的閉塞と過激派に立ち向かう」ためであると述べました

これは、IAAを拠点にイスラム教の宗教改革を行っていくという宣言だとも解釈できます。

式典に参列したドイツのミュンスター大学イスラム神学センター長もこれを、「イスラム的啓蒙を促進する上で非常に重要な第一歩」だと評価

同アカデミーは、穏健なイスラム教のイデオロギーを広め、イスラム教についての言説の刷新に貢献し、多くのヨーロッパのイスラム教指導者をトレーニングすることになるだろうと期待を表明しました。

エジプト宗教省報道官によるとIAAは、

1)シシ大統領の「イスラム教についての言説を刷新せよ」という要請に応えるためのプロジェクトの一環
2)イスラム教についての誤解の払拭を目指す
3)国内外の男女のイスラム教指導者に対し6ヶ月間のトレーニングを施す
4)カリキュラムは啓蒙された科学的なもので、宗教(イスラム教)だけでなく経済、政治、心理学などの講義も含まれる

といった特徴を有し、ここで訓練を受けたイスラム教指導者は

1) イスラム教についての穏健かつ新しい展望
2)イスラム教のイメージをよくするための方法論
3) 過激派やテロを促すイデオロギーを否定するための方法論

などを身につけることが期待されているとのこと。

多くの人が誤解しているのですが、拙著『イスラム教の論理』にも記したように、現代のイスラム教指導者は、

「イスラム教の価値観は近代の価値観と矛盾する」

ことを認識しています。

イスラム教は神が創った神中心の規範ですから、人間が創った人間中心の規範を旨とする近代と矛盾するのは当然であり、イスラム教が比較するまでもなく近代より優れた規範であるのも当然です。

イスラム教は近代的だから素晴らしいのではなく、近代などというものをはるかに超越しているからこそ素晴らしいのです。(ゆえに、イスラム教は近代と矛盾するという私の指摘に対して「ヘイト」だと罵ることは見当違いも甚だしいのです。)

問題は、その先です。

エジプトの場合、政治権力者であるシシ大統領は、「だからイスラム教を近代に合うように改革しなければならない」と主張しています。

一方、イスラム教の研究・教育の殿堂であるアズハルは、シシ大統領の言い分は理解できるので妥協できるところは妥協するが、だからといってイスラム教の伝統全てを一掃するわけにはいかない、という立場です。

イスラム国は悪だが反イスラムだとは言えない、といったアズハル総長の発言は、伝統的なイスラム教の論理に則れば実にイスラム的に正しい発言ではあるのですが、シシ大統領はこれを煮え切らない態度とみなしイライラしてきた節があります。

実は今回の宗教省によるIAA新設の直前に、アズハルも自前のイスラム教指導者訓練所を新設しています。

ただしアズハルの方はイスラム教についての訓練のみで、政治・経済といった他分野の訓練は行われません。

IAAの講師陣にはアズハル教授らも含まれ、表面的には両者が対立しているわけではありません。

ただこれまでの経緯からは、エジプトが宗教省主導ですすめようとしている宗教改革がイスラム教の伝統をバッサリ切り捨て近代との調和を主目的にしている以上、アズハルと協調路線を取るのは難しいように思います。

IAAの試みについはサウジ当局も支援・協力を表明してはいますが、やはり世界中の全イスラム教徒の多くが賛同するとも考えにくいのが実情です。

なぜならイスラム教というのは神の啓示を字義通り虚心坦懐に受け止め、神の啓示に示された神の規範に従って生きることが神の奴隷である人間の務めであるという信念を根幹とする宗教だからです。

神の啓示・規範を、人間の生み出した「近代」という価値に適合するように解釈し直すことは、イスラム法の方法論を駆使すれば可能ではあります。

というか、この世に存在するほぼ全てのもの・ことについて、イスラム的に合法だと判断したければ判断できるし、違法だと判断したければ判断することができるという、イスラム法にはそうした側面があります。

この方法論を生み出してきたのは歴代のイスラム法学者たち自身ですが、彼らはそうした「禁じ手」を使うことに対して極めて謙抑的でした。

やろうと思えばできることを彼らがしてこなかったのは、そこに神への畏怖、自戒の念があったからに他なりません。(なお、これは私の博士論文のテーマでした。)

アズハルがシシ主導の宗教改革に及び腰である理由もまた同じです。

またいくらイスラム法の方法論上イスラム教を近代に調和させることが可能でも、それ以外の、啓示の文言に忠実で近代に調和しないイスラム教解釈を不正として禁じることは、イスラム法の枠組み内では不可能です。

それは国家権力を動員しなければできないことであり、この国家権力自体が啓示に忠実なイスラム教解釈上不正と見なされることは指摘しておく必要があるでしょう。

要するに、宗教改革によって過激派を抑え込むというのは斬新で抜本的な方策であるように見えて、実は国家権力の動員によって過激派を抑え込む従来のやり方と本質的に同じなのです。

果たしてこの試みが、イスラム教のイメージをよくしイスラム過激派を抑え込むという目的の達成にどの程度貢献することになるのか。

100年後くらいにようやく見えてくるものがあるような気がします。

2019年1月25日金曜日

カナダ人医師のソマリアでのジハード

イスラム国ソマリ州がソマリアでジハードをし殉教した戦士たちを紹介する動画を公開しました。

その中の一人にドクター・マジャルテイニーと称されるカナダ人医師がいます。


イスラム国はジハードの一環として医療を重視しており、かつてイスラム国入りしたオーストラリア人医師がいることなども知られています。

同動画のナレーションはドクター・マジャルテイニーについて、カナダからヒジュラ(移住、聖遷)してきてソマリアで殉教したと説明しています。

生前のドクターの映像が残されています。


首から聴診器をかけイスラム国の旗と銃をバックにしたドクターは完璧な英語で、不正なるソマリア政府に見捨てられた貧しい人々に無料で医療行為を施してきたと語ります。


治療した人々のほとんどが、病気に侵されているだけでなくひどい栄養失調状態にあったそうです。

神のおかげで、外科手術や歯科治療を必要とする人、赤ちゃんや妊婦などなど様々な人々を助けることができたと語った後で、ドクターは次のように続けます。

「イスラム国の外にいる兄弟姉妹たちよ、特に医師たちよ、我々はあなた方の助けを必要としている。神があなた方に対し『おまえたちは宗教とイスラム共同体に何を提供したか』と尋ねる日に、あなた方は何と回答するつもりだろうか?あなた方は不信仰者たちと背教者たちが昼夜を問わずイスラム教徒たちを爆撃しているのを見聞きしているはずではないか。あなた方に忠告しよう。ジハードに赴くのだ。そして天国の最も高き場所を予約するのだ。急いで乗り物に乗りたまえ。」

ソマリアのイスラム過激派組織といえばシャバーブがよく知られており、先日も隣国ケニアの首都ナイロビで高級ホテルの入った複合施設を襲撃するという大規模テロを実行しました。

しかし当該ビデオで紹介されているように、ソマリアにはイスラム国もいます。

ソマリアでイスラム国が旗揚げをしたのは2015年10月のことであり、シャバーブとの間で小競り合いが続いてきましたが、昨年末ついにシャバーブがイスラム国に対して正式に宣戦布告する動画を公開しました。

この中でシャバーブはイスラム国のことを「ジハード戦士たちを分裂させ弱体化させる病気」と非難し、これを根絶やしにしなければならないと主張しています。

ソマリアのイスラム過激派組織とはいっても、シャバーブがしばしばケニアを襲撃するようにその活動は決してローカルなものではありません。

またソマリアのイスラム過激派組織に参加する戦闘員も、当該動画で紹介されたカナダ人医師のように「グローバル化」しています。

アメリカ司法当局は先週、イスラム国に資金提供をしていた容疑などでミシガン州に住む3人のケニア出身イスラム教徒を逮捕したと発表しました。

うち1人は、ソマリアのイスラム国に参加するため出国しようとしたところを空港で逮捕されたとのことです。

イスラム国入りしようとする外国人戦闘員は、かつてはこぞってシリアそしてイラク入りを目指しました。

ところがシリアへのルートとなってきたトルコが国境警備を厳しくし、さらにイスラム国がシリアのラッカとイラクのモスルという二大拠点を失ったのに伴い、彼らはジハードの地を他に求めるようになりました。

そもそもジハード希望者がシリアやイラクを目指す必然性というのは特にはありません。

彼らはイスラム法によって統治された地に赴き(ヒジュラ)、そこで仲間とともにイスラム教の敵と戦うジハードに身を投じることを目的としているので、シリアやイラク入りすること自体が難しくなった今、行き先を変更するのは必然的ですし、イスラム国当局もそれを勧めています。

今、特に多くの外国人戦闘員が集結しつつある国のひとつとして挙げられるのが、フィリピンやリビアと並んでソマリアであり、米軍も対テロ戦争の一環としてソマリアでの空爆作戦を強化しています。

ソマリアは今や、世界のジハードの最前線のひとつなのです。