先日イングランドのプロサッカー選手協会は年間最優秀選手にリバプールでプレーするエジプト人FWモハメド・サラーを選出しました。
サラーはもちろんサッカー界でも大注目の選手ですが、地元エジプトでは子供も大人も憧れ熱狂するスーパースターにしてスーパーヒーローです。
エジプトは2011年の「アラブの春」でムバラク政権が崩壊して以来、政治的混乱が続き、全国各地で断続的に発生するテロで治安も極度に悪化、それゆえ国の基幹産業である観光業も落ち込み、このところまさに「いいことなし」の数年間でした。
2014年のシシ大統領の就任以降少しずつ安定を取り戻してはいますが、その何百万倍ものパワーでエジプト人を勇気づけているのがサラーです。
先月行われたエジプト大統領選挙においては、立候補もしていないサラーに100万票以上が投じられました。これは当選したシシ大統領に次ぐ「第2位」の得票数です。
サラーを一気にレジェンドの座へと駆け上がらせたのが、昨年10月に開催されたW杯アフリカ予選のコンゴ共和国戦です。
サラーは先制ゴールをあげた上に、試合終了直前相手に点を奪われてドローとなりエジプト中が意気消沈した直後、PKから決勝ゴールをあげ、これによりエジプトは7大会ぶりのW杯出場を決めました。
この試合後、地元メディアのインタビューに対し若者の一人は「サラーはエジプトの第四のピラミッドだ」と答えています。
ギザにある三大ピラミッドに次ぐエジプトが誇るべき存在、といった意味でしょう。
サラーはナイル川下流のガルビーヤにある貧しい村に生まれ、親には彼に高等教育を受けさせるだけの経済力がなかったためサッカー選手になる夢を追いかけることに決めた、と言われています。
10代のころ、彼は家からバスを3本乗り継ぎ2時間以上かけて毎日カイロにあるサッカークラブに通いました。彼は地元を非常に愛していて、今でも友人の結婚式の際に村に帰ったりするそうです。
サラーは熱心なイスラム教徒としても知られています。
そのことは、2014年に生まれた娘にイスラム教徒の聖地にちなんで「メッカ」という名をつけたことからもうかがわれます。
サラーはイスラム教徒の間では「メッカのお父さん」と敬意を込めて呼ばれることも多く、そのことと関係しているのかどうかはわかりませんが、昨今はメッカの土地の一部をサラーに献上しようとか、メッカにサラーの名を冠したモスクを建設しようなんて話まででているほどです。
彼は毎日の礼拝も欠かしません。
また時にピッチに額をつけて神に感謝の意を捧げる様子は、イスラム教徒同胞の心をうちます。
貧しい生い立ちにも関わらず努力で夢を実現させ、スーパースターになっても地元愛を失わず、またイスラム教徒として神への感謝を決して忘れない。
サラーはエジプトのスーパースターの要素をすべて兼ね備えていると言っても過言ではありません。
サラーはエジプト人に対して常に「夢見ること、信じることを諦めるな!」とメッセージを送っています。
私は2011年から15年という、エジプトで2度の「革命」という名の政権転覆が発生し、テロリストが跋扈して毎日のようにテロを行うという、近代以降エジプトの最悪期ともいうべき4年間をエジプトで過ごしました。
エジプト人の痛みや悲しみ、絶望、そして憤りを、その4年間ずっと目の当たりにしてきました。
サラーがエジプトにもたらした一筋の光が、エジプトの未来を少しでも明るく照らしてくれますようにと願わずにはいられません。