2018年5月17日木曜日

インドネシアで相次ぐテロ事件と「インドネシアのイスラム国」

インドネシアでは2018年のラマダン開始前に子供を含む一家6人全員が自爆するといった凄惨なテロ事件が相次ぎました。

①5月8日 ジャカルタ南部デポック刑務所で受刑者10人以上が警官6人を殺害
②5月13日 インドネシア第二の都市スラバヤで教会3カ所を狙い一家6人が3連続自爆、18人死亡、40人以上負傷
③5月13日 スラバヤ近くのシドアルジョのアパート内で一家のうち3人が自爆
④5月14日 スラバヤの警察署を狙い一家5人が2連続自爆、自爆者4人死亡、警官と民間人あわせて10人負傷
⑤5月16日 スマトラ島リアウ警察署が5人の男に襲撃され警官1人死亡、警官2人とジャーナリスト2人が負傷

一連の事件は犯行の残虐性、家族ぐるみの犯行であること、2日間に子供を含む13人もの人が自爆を実行するというあまりにも高い頻度などがあいまって、世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシアはもちろんのこと、東南アジア近隣諸国や世界にも衝撃を与えています。

(従来「寛容なイスラム教国」とみなされていたインドネシアに過激なイスラム教思想が広まった背景については拙著『イスラム教の論理』に記してあります。)

上記のうち①②④⑤についてはイスラム国が犯行声明を出しており、インドネシア治安当局も③を含む全ての事件についてイスラム国に忠誠を誓っているテロ組織Jamaah Ansharud Daulah (JAD)の関与を認めています。

JADはインドネシアでイスラム国に忠誠を誓っているテロ組織の中では最大のもので、2015年にアマン・アブドゥッラフマーンAman Abdurrahmanという人物により設立され、2017年にはアメリカ政府によりテロ組織指定されました。(写真はkompas.comより拝借したアマンのもの)


アマンはLIPIAというサウジのイスラム大学のジャカルタ分校でイスラム教とアラビア語を学んだ人物で、2004年にデポックでテロを計画していたとして逮捕されるも、刑務所内における行いがよかった(!)ために2008年に釈放、2010年にはJamaah Anshorul Tauhid (JAT) の指導者であるアブバカル・バーシルAbu Bakar Baasyirとともにアチェにテロリスト養成キャンプを設立、それにより9年の実刑判決を受け、現在も服役中です。

2014年にイスラム国がカリフ制再興を宣言するとアマンは刑務所内でカリフに忠誠を誓い2015年にJADを結成、以来「インドネシアのイスラム国」の実質的指導者とみなされています。

服役中にもかかわらずアマンは2016年ジャカルタ中心部で犯人4人を含む8人が死亡、26人が負傷したテロや、2017年東ジャカルタで警官3人が死亡したテロなど、国内の様々なテロ事件に関わっているとされています。

特に2016年のジャカルタでのテロ直前にアマンが刑務所内から発行した以下のようなファトワー(イスラム法的見解)はインドネシアのイスラム過激派に広く影響を与えているとされています。

「イスラム国に移住しなさい。移住できないならば、どこでもいいのであなたの命をかけてジハードをしなさい。戦うことができない、もしくはその勇気がないならば、それを実行する者に対しあなたの財産を与えることで貢献しなさい。もし財産で貢献できないならば、他者に対しジハードを敢行するよう促しなさい。もしそれすらできないと言うなら、あなたの忠誠にいったい何の意味があるというのだ?」

これはイスラム国中枢部によるジハードおよびヒジュラの呼びかけと基本は共通していますが、より一層プラクティカルだと言えます。

自分でジハードできないならせめて他人にジハードをけしかけろ、といった表現は、イスラム国中枢部ではあまり用いられません。

さて今回の連続テロ事件は直接的にはJADの第二の指導者であるザエナル・アンシャリZaenal Anshariの逮捕によって引き起こされた、と警察は見ています。

それはそうなのかもしれませんが、子供の自爆、女性の自爆、そして一家揃っての自爆というのはインドネシアでは前例がないこと、また一連の事件がラマダン前に実行され、それをイスラム国中枢部も把握していたことなどから、どうしても、インドネシアのテロは新たな局面に入ったと認識せざるをえないように思います。

2018年5月13日日曜日

インドネシアで一家6人が3連続自爆テロ実行:前例なき悲劇の背景にある論理とは

インドネシア第二の都市スラバヤにある3カ所の教会を狙った3連続自爆テロ事件が発生しました。


インドネシアでは4日前に刑務所内でイスラム国戦闘員が武器を奪って複数の警備員を殺すというテロが発生したばかりです。

この時もイスラム国は犯行声明やビデオを出しましたが、今回の連続自爆についてもイスラム国が犯行声明を出しています。



これによると、まずはペンテコスタ教会に対して自動車爆弾による自爆テロを実行、次に聖マリア教会に対して自爆ベルトによる自爆テロを実行、最後にディポネゴロ教会に対してバイク爆弾による自爆テロを実行し、11人を殺害、41人を負傷せしめたとのこと。

各々の場所はについては、STRAITS TIMESのこちらの地図をごらんください。


「インドネシアもテロが頻発するようになってきたな…」とここまででも既に十分に衝撃的ですが、本当に衝撃的なのはテロ実行犯の実像です。

警察発表によると、これらのテロを実行した6人は全員、シリア帰りのひとつの家族の成員であり、15歳と17歳の男兄弟が聖マリア教会を狙ってバイク爆弾で自爆、自爆ベルトを装着した母親が9歳と12歳の娘とともにディポネゴロ教会前で自爆、父親がペンテコスタ教会を狙って自動車爆弾で自爆した、とのこと。

さすがの私も、あまりの壮絶さに言葉を失いました。

ある筋によると、この一家はイスラム国に忠誠を誓っているJAD (Jemaah Ansharut Daulah) の設立者であるアマン・アブドゥッラフマーンのスリーパーセルだったとのこと。

警察は同じくスラバヤにあるカテドラル教会に対するテロを実行しようとしていた人物を拘束、またペンテコスタ教会では爆発前の爆弾を発見したとも発表しています。

さらにジャカルタ警察の報道官は、西ジャワのチアンジュールで同じくJADに属するテロリストと警察が銃撃戦となりテロリスト4人を殺害、2人を拘束したと発表しました。

連続自爆犯一家とチアンジュールのグループとのつながりについてはまだはっきりとしていません。

さらに夜になって、今度は東ジャワ州にあるシドアルジョの警察署近くで爆弾テロがあり、少なくとも1人が死亡しました。

このテロと自爆一家とのつながりも現状では不明です。

イスラム国がカリフ制再興を宣言したのは2014年6月で、それ以降この4年間に世界中で恐るべき数のテロを実行し数え切れない犠牲者を出してきましたが、私の知る限り、一家6人全員が一度に連続自爆テロを実行して果てるなどという前例はありません。

2015年12月にアメリカのカリフォルニアで発生したテロは、イスラム国を支援する夫婦二人が実行したものでしたが、これも非常に珍しい事例です。

兄弟がともに特攻攻撃で果てたり、立て続けに自爆したり、父と息子が連続して自爆するといった例もありました。

しかし父、母、娘2人、息子2人が連続して自爆、あるいはそれに類する事例はないように思います。

私はここで、9歳の娘を巻き添えにしてまで…という情緒的な話をしたいわけではありません。

拙著『イスラム教の論理』に記したように、イスラム国のような過激派は現在、武力で敵を倒すジハードはイスラム教徒全員の義務であると捉えており、そこに女性や未成年者といった例外はありません。

また彼らはジハードを最高の善行と信じ、それを敢行することにより天国に直行できるとも信じています。

「無辜の人々を殺しておいてそんなわけないだろう」とか、「天国なんてあるもんか」という私たちの論理と彼らの論理とは、根本的に全く異なっているのです。

ですから当然、未成年の娘や息子を道連れにして自爆するなんてかわいそう、という感傷など、彼らには完全に無縁です。

この2〜3日中には今年のラマダンが開始されます。

彼らにとってラマダンは「斎戒の月」であると同時に、もしくはそれ以上に「ジハードの月」です。

昨日はパリでもナイフによるテロ事件が発生し、こちらもイスラム国が犯行声明を出しました。

警戒すべき期間はむしろこれから始まります。

2018年5月9日水曜日

インドネシア刑務所内でイスラム国テロ:ラマダン前に世界各地で攻勢をかけるイスラム国

インドネシア警察はジャカルタ南部にあるデポック刑務所で囚人による暴動が発生し、囚人とテロ対策部隊の双方に死傷者が出たと発表しました。

警察によるとこの暴動でテロ対策部隊員5人と囚人1人が死亡、現在テロ対策部隊員1人が人質となっており交渉を続けているとのこと。

この暴動については、イスラム国がいち早く声明を出しました。

まずはデポック刑務所内でイスラム国戦闘員とテロ対策部隊の間で戦闘が発生していると伝え...


次にテロ対策部隊のメンバーを捕虜にしたと伝え...


続けてこの戦闘でテロ対策部隊メンバー10人を殺害したと伝え...


殺害したテロ対策部隊メンバーの映像も公開しました。

(映像は非常に残酷なものなのでここには掲載しません。)

戦闘員らは刑務所内でイスラム国の旗を掲げ...


テロ対策部隊から奪った武器を披露し...



ポーズをきめて集合写真も撮っています。


これはかなり衝撃的な出来事であり、インドネシア警察がイスラム国の関与を否定している事実がそのヤバさを象徴しているとも言えます。

これ以外にもイスラム国は、昨日一日に限っても世界各地でさまざまな「戦果」をあげたと発表しています。

イラクのサラーフッディーンではシーア派民兵を乗せた車両を爆弾で吹っ飛ばし...


 同じくイラクのキルクークでは石油会社職員3人を爆殺し...


シーア派民兵3人を死傷させ...


バグダードでもシーア派民兵8人を死傷させ...


エジプトではラファハでエジプト軍兵士を狙撃して殺し...


ソマリアのモガディシューでは諜報部員を暗殺し...


イエメンのキーファではフーシー族と戦い...


シリアのヤルムーク・キャンプでは戦闘でシリア軍兵士48人を殺害し...


ダマスカスではシリア軍兵士を処刑し...


リビアでは自爆テロでリビア軍兵士13人を死傷させました。


このように主だった攻撃だけでも7カ国の複数箇所で発生しています。

シリアのラッカとイラクのモスルが陥落したことによってイスラム国は完全崩壊し戦闘員は絶滅したと思っている人も多いかもしれませんが、イスラム国はシリアとイラクでも完全崩壊してはいませんし戦闘員も元気に活動しているだけではなく、いまだに世界各地に拠点をもち各々で戦闘員が日々戦闘に明け暮れています。

インドネシアやフィリピンという日本人にとって身近で日本に物理的にも近い国も、そうした「イスラム国活動地域」のひとつです。

イスラム教徒の用いるヒジュラ歴では来週からラマダン月に入ります。

ラマダンはイスラム教徒にとって斎戒の月であるだけでなくジハードの月でもあり、毎年イスラム国を始めとする「過激派」が支持者らにジハードの敢行を熱心によびかける月でもあって、実際深刻な被害をもたらすテロが頻発する傾向にあります。

昨日世界各地で発生した攻撃からは、今年のラマダンも例年通り攻勢をかけるというイスラム国からの不吉なメッセージが読み取れます。

2018年4月26日木曜日

貧しい生い立ち、敬虔なイスラム教徒…サラーは「第四のピラミッド」

先日イングランドのプロサッカー選手協会は年間最優秀選手にリバプールでプレーするエジプト人FWモハメド・サラーを選出しました。


サラーはもちろんサッカー界でも大注目の選手ですが、地元エジプトでは子供も大人も憧れ熱狂するスーパースターにしてスーパーヒーローです。
エジプトは2011年の「アラブの春」でムバラク政権が崩壊して以来、政治的混乱が続き、全国各地で断続的に発生するテロで治安も極度に悪化、それゆえ国の基幹産業である観光業も落ち込み、このところまさに「いいことなし」の数年間でした。
2014年のシシ大統領の就任以降少しずつ安定を取り戻してはいますが、その何百万倍ものパワーでエジプト人を勇気づけているのがサラーです。
先月行われたエジプト大統領選挙においては、立候補もしていないサラーに100万票以上が投じられました。これは当選したシシ大統領に次ぐ「第2位」の得票数です。
サラーを一気にレジェンドの座へと駆け上がらせたのが、昨年10月に開催されたW杯アフリカ予選のコンゴ共和国戦です。
サラーは先制ゴールをあげた上に、試合終了直前相手に点を奪われてドローとなりエジプト中が意気消沈した直後、PKから決勝ゴールをあげ、これによりエジプトは7大会ぶりのW杯出場を決めました。
この試合後、地元メディアのインタビューに対し若者の一人は「サラーはエジプトの第四のピラミッドだ」と答えています。
ギザにある三大ピラミッドに次ぐエジプトが誇るべき存在、といった意味でしょう。 


サラーはナイル川下流のガルビーヤにある貧しい村に生まれ、親には彼に高等教育を受けさせるだけの経済力がなかったためサッカー選手になる夢を追いかけることに決めた、と言われています。
10代のころ、彼は家からバスを3本乗り継ぎ2時間以上かけて毎日カイロにあるサッカークラブに通いました。彼は地元を非常に愛していて、今でも友人の結婚式の際に村に帰ったりするそうです。
サラーは熱心なイスラム教徒としても知られています。
そのことは、2014年に生まれた娘にイスラム教徒の聖地にちなんで「メッカ」という名をつけたことからもうかがわれます。

サラーはイスラム教徒の間では「メッカのお父さん」と敬意を込めて呼ばれることも多く、そのことと関係しているのかどうかはわかりませんが、昨今はメッカの土地の一部をサラーに献上しようとか、メッカにサラーの名を冠したモスクを建設しようなんて話まででているほどです。
彼は毎日の礼拝も欠かしません。
また時にピッチに額をつけて神に感謝の意を捧げる様子は、イスラム教徒同胞の心をうちます。
貧しい生い立ちにも関わらず努力で夢を実現させ、スーパースターになっても地元愛を失わず、またイスラム教徒として神への感謝を決して忘れない。 
サラーはエジプトのスーパースターの要素をすべて兼ね備えていると言っても過言ではありません。
サラーはエジプト人に対して常に「夢見ること、信じることを諦めるな!」とメッセージを送っています。
私は2011年から15年という、エジプトで2度の「革命」という名の政権転覆が発生し、テロリストが跋扈して毎日のようにテロを行うという、近代以降エジプトの最悪期ともいうべき4年間をエジプトで過ごしました。
エジプト人の痛みや悲しみ、絶望、そして憤りを、その4年間ずっと目の当たりにしてきました。
サラーがエジプトにもたらした一筋の光が、エジプトの未来を少しでも明るく照らしてくれますようにと願わずにはいられません。

2018年4月24日火曜日

コーランの章句を無効化せよ:フランス著名人らの共同声明にイスラム教徒反発

先日、サルコジ元大統領をはじめとするフランスの著名人約300人が名を連ねる「新しい反ユダヤ主義に反対する声明」がフランス紙ル・パリジャンに掲載されました。

同声明は、近年の反ユダヤ主義を「静かなる民族浄化」であると告発し、これはイスラム過激派によって引き起こされたところが大きいとしています。

また同声明は、「我々の時代だけでも11人のユダヤ人が単にユダヤ人であるという理由だけでイスラム過激派に暗殺されている」とした上で、「イスラムフォビア(イスラム嫌い)」 だと批判されることを恐れてイスラム過激派による反ユダヤ主義の断罪を避けてきたメディアに対しても批判をしています。


ここでは2015年にシャルリーエブド襲撃と同じタイミングでユダヤ系スーパーマーケットが襲撃されユダヤ人4人が殺害されたことや、2017年に65歳のユダヤ人女性が「神は偉大なり(アッラーフアクバル)!」と叫ぶ隣人のムスリムによって窓から突き落とされて殺害されたことなどが言及されています。

その上で同声明はイスラム教における「神学の権威たち」に対し、ユダヤ人、キリスト教徒、不信仰者に対する殺害や処罰を示すコーランの章句を「無効化」し、イスラム教徒たちがコーラン章句にのっとって犯罪を犯すことのないよう指導すべきだと要求しています。


これに対し、パリ大モスクのイマームは「この声明はフランスのイスラム教徒に対する権利の侵害であり、他宗教間の暴力を増幅させるだけだ」と批判、フランスのイスラム教徒の大部分は共和国の理念に忠実に暮らしていると主張しています。

またイスラム教評議会議長は「こんな声明に何の意味もない」と一蹴。

ブリュドゥー大モスクのイマームは、「コーランは章句のひとつひとつ全てが聖なるものだ」と「無効化」について否定しています。

これらの言葉にみられるよう、イスラム教徒はコーランがアラビア語で下された神の言葉そのものであり、その全てが神聖不可侵であると信じています。

イスラム教の信仰というのは、それを正しいと信じるところから始まります。

ゆえに、「コーランのこの部分は現代社会の倫理にそぐわないから無効にしよう」という発想は根本的に存在しえません。

イスラム教徒の中にも「反ユダヤ主義はよくない」というこの声明の趣旨に賛同する人はいると思われますが、「だからコーランの反ユダヤ的章句を無効にしなければならないのだ」という一文に賛成する人はただの一人もいないはずです。

もしこれに賛成するイスラム教徒がいるとすれば、その人はイスラム教の教義上、もはやイスラム教徒ではないとみなされます。

というのも、神の言葉たるコーランに過ちがあるとみなすことは、それを啓示した神が過ちを犯したとみなすことになるからです。

イスラム教において神は全知全能にして絶対善であるとされています。

イスラム教徒であることと神の言葉たるコーランを絶対視することとは同義なのです。

この声明には、カトリックの総本山たるバチカンも聖書の過ちをみとめ反ユダヤ主義と決別したのだから、イスラム教も同じようにすべきであると記されています。

しかし、これは論理として全く成立していません。

いくら声明に名を連ねているのが著名な「セレブたち」だとはいえ、イスラム教徒はこんなことを言われたところで反発するだけで、「反ユダヤ主義」を食い止める効果など全く期待できません。

フランス流の世俗主義、多宗教共存にきしみが生じてきた原因の一端はフランスの支配層に広く見られる「イスラム教の論理」に対する無知にあり、また近い将来このきしみが緩和される望みも薄いだろうと改めて思わされた事案でした。

2018年4月19日木曜日

タイにイスラム国拠点構築計画:マレーシア当局が追うタイ人イスラム国戦闘員

マレーシア当局が指名手配をして追っているタイ人イスラム国戦闘員はタイ深南部にイスラム国の拠点を築こうとしている、とマレーシア治安当局筋がチャンネル・ニュース・アジアに語りました

この人物はAwae Wae-Eya(読めない…)という名の37歳のタイ人。


以前こちらに記したマレーシアでのイスラム国細胞掃討作戦の際逃走した4人のうちの1人で、マレーシア諜報筋は彼こそがこのテロ細胞のリーダーだと見ています

Awaeはタイ深南部からTelegramやFacebook経由で合計9人のマレーシア人の勧誘に成功し、マレーシアのジョホールにある教会や寺、フリーメイソン施設への攻撃の他、マレーシア警官を誘拐してタイ深南部に連れ帰りそこで殺害する計画も立てていたとのこと。

マレーシア当局は、Awaeはイスラム国指導者であるカリフ・バグダーディーに忠誠を誓っておりシリアとも関係を持っていて、タイ深南部に拠点を構築して世界中のテロ組織からジハード資金を調達することをめざしていると語っています。

マレーシア当局はAwaeはすでにタイ深南部に戻ったとみているものの、タイ当局は公式のコメントを出しておらず、取材に応じたタイ軍の大佐も「Awaeはイスラム国ではないと思う」と述べるにとどまっています

こちらに記したように、タイ深南部にはイスラム教徒が多く住んでおり中にはタイからの独立を目指して武装闘争を展開する一派もいます。

今年1月にバイク爆弾で3人が死亡したのにみられるよう、2004年からこれまでにタイのムスリムによる暴動や武力闘争による死者は7000人を超えています。

しかし基本的に彼らが目指しているのは民族独立であり、イスラム教徒ではあってもイスラム国のようなカリフ制再興といった超国家的、普遍的イデオロギーを掲げているわけではないとされてきました。

ゆえに、もしAwaeが本当にバグダーディーに忠誠を誓ったイスラム国戦闘員でタイに拠点構築を目指しているならば、これは非常に大きな意味を持ちます。

東南アジアのイスラム過激派の専門家は、タイ深南部のイスラム武装勢力は民族主義的であって基本的にイスラム国のイデオロギーを共有してはいないとした上で、タイ治安当局はこれまでに多数のイスラム国の旗やビデオなどを押収している他、パッタニー県からのイスラム国関連サイトへのアクセス数が非常に多いことなどを指摘しています。

既述のようにだんまりを決め込んでいるタイ政府ですが、タイ首相は奇しくも今日、マレーシアとの間のナラティワート国境に今月末までに「安全地帯」を設けると発表しました。

タイ政府の認識は、タイ深南部の問題はあくまで「国内問題」でありグローバルなテロとは一切関係ないというものであり、その姿勢は一貫しています。

プラウィット副首相もこの「安全地帯」は政府と和平交渉を行っているMARAパッタニーの双方にとってよいものだ、と会見で述べており、これとAwaeの案件とを関連付けてはいません。

一連の事件をマレーシア当局の発表から見直すならば、Awaeという37歳のタイ人ムスリムはインターネットを使ってマレーシア人9人(うち2人はシンガポール在住)をリクルートしジョホールでイスラム国テロ細胞を構築することに成功し、フィリピン・イスラム国のリーダーの側近も仲間に入れることに成功し、資金集めや武器調達、テロ攻撃の作戦を具体的に練るところまでは成功した、ということになります。

繰り返しますが、Awaeは現在も逃走中です。

2018年4月18日水曜日

イスラム社会における働き方改革

「イスラム社会における働き方改革」というテーマで原稿を、と依頼されたので、以下のような文章を寄稿しました。

モロッコの田舎の郵便局で自分宛の荷物を受け取るためだけに丸一日費やしたこと、同じくモロッコで学生ビザ更新の手続きに警察署長のサインが必要だったため警察署に通い詰めたがサインをもらえるまでに一ヶ月かかったこと、エジプトの悪名高き政府庁舎モガンマアで日常的に繰り広げてきた常時不在の担当者との飽くなき戦い、同じくエジプトのプレスセンターで手続きを急ぐこちらをよそに職員のほぼ全員がFacebookに熱中していたある意味壮観な様…。

当時はそのたびに「私の貴重な時間を返せ!」とイライラしていたものですが、今思うと貴重な経験をさせていただいていたのかもしれない。

いや、そうにちがいない。

(以下寄稿文。リンクはこちら。)

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働き方改革が求められているのは日本だけではありません。

イスラム教徒が多数をしめる社会においても、様々な側面から働き方改革の必要性が訴えられています。

イスラム教徒を雇用する側にとって悩ましい問題のひとつが、労働時間内に礼拝を認めるべきか否か、認める場合にはどの程度の時間が妥当か、というものです。

というのも、イスラム教徒は1日に5回礼拝することが宗教上の義務とされているものの、度を越した「長時間礼拝」による労働生産性の著しい低下がしばしば確認されるからです。

たとえば労働時間が9時から17時までとすると、5回の礼拝のうち概ね2回はそのタイミングと労働時間が重なります。

労働時間が11時半から19時半の場合、場所や日によっては4回の礼拝のタイミングがその時間内におとずれます。

仮に1回の礼拝ごとに15分の休憩を認めるとしても、4回ともなれば1日合計1時間は礼拝休憩に当てられることになります。

これは軽々に判断できる問題ではありません。

エジプトの人材育成組合の調査によると、エジプトの公務員の基本労働時間は7時間ですが、実際に仕事をしているのはわずか30分程度にすぎないとのこと。

同調査によると、エジプトはこれでもまだましなほうで、アラブ諸国の公務員の実質労働時間は1日平均18分から25分だそうです。

おそるべき生産性の低さです。

いや、これは生産性以前の問題です。

さらに驚くべきは、エジプトをはじめとするアラブ諸国の公務員数の多さです。

エジプトの人口は9500万人ほどですが、公務員は約700万人います。

国民の8人に1人ほどが、実際は30分しか仕事をしていないにもかかわらずフルタイム労働をしている体裁で国庫から給与を得ているとしたら、真面目に働くのがバカらしく思えるのも当然です。

この原因のひとつとされているのが「長時間礼拝」です。

エジプトでは役所に行った際、担当者が礼拝に行っているという理由で無期限待機を言い渡されることは稀ではありません。

私企業においても状況は似たり寄ったりです。

礼拝に行くと言ったまま1時間たっても戻らない従業員を探しに行ったところ別の部屋で昼寝をしていた、などという事例は、ごくありふれたものです。

この「長時間礼拝」問題解決に立ち上がったのは、宗教界です。

エジプト出身の著名なイスラム法学者であるユースフ・カラダーウィー師は、「イスラム教徒であっても仕事中は仕事に集中すべきであり、職場での礼拝は簡略化し、長くても10分以内に終わらせるべきである」という宗教令を発行しました。

カラダーウィー師は暗に、礼拝を口実に仕事をサボる人のことを戒めているわけです。

その証拠に同師は、職場には礼拝前の浄めが簡単にできるような服装をして行くべきだ、などともアドバイスしています。

礼拝には様々な作法があるのですが、たとえば礼拝前の浄めを行うためにわざわざ遠方の水場まで出かけたり、礼拝中にわざわざ気の遠くなる程長いコーラン章句を暗誦したり、さらには前にやりそこなった礼拝を今やりなおそう、などと始めたりすると、それこそいくら時間があってもたりません。

しかし宗教界も、「長時間礼拝」禁止で足並みが揃っているわけではありません。

サウジアラビアの法学者スィルミー師はカラダーウィー師の法令に対し、「礼拝とはそもそも長時間かけて行うべきものであり、10分以内に済ませろなど言語道断」と反論しています。

イスラム社会の働き方改革も道のりは険しそうです。



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2018年3月28日水曜日

アメリカで娘に熱した油をかけた両親逮捕:イスラム教と強制結婚

アメリカのテキサス州で先日、イラク出身のイスラム教徒夫婦が自分たちの娘に熱した油を何度もかけたり、ほうきで殴ったりした容疑で逮捕されました。


事件が発覚したのは1月末に彼らの娘マアリブ・ヒシュマーウィー(16歳)が失踪し両親が捜索願を出したのがきっかけです。


マアリブは3月になってから保護され、両親による虐待から逃れるために家出をしたことが判明、両親の逮捕、起訴に至りました。

こちらが保安官の会見です。


 保安官によると、

・マアリブは2017年半ばから別の町に住む成人男性と結婚するよう両親に強制されてきた
・ その成人男性は結婚と引き換えに彼女の両親に約2万ドル(約211万円)支払った
・マアリブが結婚を拒否すると両親によって度々虐待されるようになった
・両親は熱した調理用油をマアリブの体に何度もかけたり、 ほうきで殴ったり、気を失うほど窒息させたりした
・結婚の直前にマアリブは家から逃走した

とのこと。

また保安官は、マアリブの父アブダッラー・ファフミー(34歳)と母ハムディーヤ・ヒシュマーウィー(33歳)は家庭内暴力の罪で起訴され(現在保釈中)、金を支払って結婚しようとした相手の男も高い可能性で起訴されることになるだろう、とも話しています。

このイラク人家族は、2年前にアメリカに移住してきたとのこと。

アメリカでは、親が子供の意思に反して子供を強制的に結婚させることは禁じられています。

実はイスラム教徒にとって絶対的真実であるイスラム法も、強制結婚を「一面においては」禁じています。

ハディース集であるブハーリーのサヒーフ5138には次のようにあります。

حَدَّثَنَا إِسْمَاعِيلُ، قَالَ حَدَّثَنِي مَالِكٌ، عَنْ عَبْدِ الرَّحْمَنِ بْنِ الْقَاسِمِ، عَنْ أَبِيهِ، عَنْ عَبْدِ الرَّحْمَنِ، وَمُجَمِّعٍ، ابْنَىْ يَزِيدَ بْنِ جَارِيَةَ عَنْ خَنْسَاءَ بِنْتِ خِذَامٍ الأَنْصَارِيَّةِ، أَنَّ أَبَاهَا، زَوَّجَهَا وَهْىَ ثَيِّبٌ، فَكَرِهَتْ ذَلِكَ فَأَتَتْ رَسُولَ اللَّهِ صلى الله عليه وسلم فَرَدَّ نِكَاحَهُ‏.‏

ハンサという女性が父に強制された婚姻が嫌だと預言者ムハンマドに訴えると、預言者はその婚姻は無効だと述べた、というハディースです。

実際、現代のイスラム法学者は「イスラム教は強制結婚を認めるのか?」と問われると、ほとんどの場合こうしたハディースを挙げて「認めていません」と回答します。(例えばこちら。)

一方でイスラム法には、女性に対する後見という、女性を支配する強力な制度があります。

一般に処女で未成年者の女性の場合、父親が彼女の身分後見人にして財産後見人となります。

スンナ派には4つの法学派がありますが、マーリク派とシャーフィイー派およびハンバル派の一部によると、父親は自分の娘が処女である場合は、彼女を強制的に結婚させる権利を有するとされます。

たとえばスンナ派のイブン・ルシュドは、娘が処女の場合、彼女が未成年者であろうと成年に達していようと、父親は彼女の同意を得ることなく彼女を結婚させることができるとしています。


イスラム法において、女性を強制的に結婚させる権利を有するのは父親のみです。

しかし父親も常にその権利を有するわけではありません。

同じくマーリク派のイブン・アブドゥルバッルは、女性が非処女で成年に達している場合、後見人は彼女を結婚させる際に必ず彼女の同意を得なけらばならない、と記しています。


一方ハナフィー派は、理性を備え成年に達した女性は後見人なしに自分で自分の婚姻を締結することができると説くのが特徴的です。

しかしそのハナフィー派に属するサラフシーも、女性はたとえ成年に達しようと理性の上でも信仰の上でも男性より劣っているため、後見人による保護が必要だと述べています。


このように、法学派間で異論はあるものの、イスラム法には父親は処女の娘を強制的に結婚させる権利があるという規定が確かにあります。

また、女性は弱く愚かな存在で正しい判断ができないため、男性が後見人として彼女の利益になるよう判断を下すべきであるという考え方も、イスラム法の根底にはあります。

一般のイスラム教徒のほとんどは、イスラム法学など勉強していません。

しかし、彼らの考え方の中には、イスラム法規定の基礎的な内容はあたりまえの価値観として刷り込まれています。

少なくとも一部のイスラム教徒は、父親には娘を強制的に結婚させる権利があると信じており、それはアメリカにいようとかわることはないと考えていることが、今回の事件で明らかになったと言えます。

今回、唐突にハディースや法学書を引用したのは、拙著『イスラム教の論理』について、デマだとか、ヘイトだとか罵る人の中に、拙著が典拠を一切示していないと主張する人がいるためです。

統計の典拠は本文中に示してありますし、コーランやハディースは書籍名をあげるまでもなくウェブサイト上で公開されています。

コーランは日本語版がこちらからご覧いただけます。

ブハーリーのサヒーフはこちらからご覧いただけます。

今回引用したサラフシーのマブスートはこちらからご覧いただけます。

また、私はただのデマゴーグであり断じてまともな研究者などではないと謗る人もいます。

私がこれまでに書いた学術論文は一般に入手するのは困難ですが、私の博士論文は提出した東京大学にもありますし国会図書館にもあります。

論文審査の要旨はこちらで公開されています。

今後もたまには、アラビア語の法学書の原典を引用しつつ現代の問題を考える、ということをやってみようと思います。

2018年3月26日月曜日

マレーシアでイスラム国戦闘員389人拘束、日本でも高まるテロの脅威

マレーシア警察は先日、テロや誘拐等を計画していたとしてイスラム国戦闘員とみられる男7人を拘束したと発表しました。


 マレーシア警察とシンガポール警察が協力して実施したテロリスト掃討作戦により、2月末から3月にかけて、ジョホールでイスラム国のテロ細胞を構成するマレーシア人6人を拘束、サバフでアブーサヤフ(フィリピンのイスラム国)のメンバーであるフィリピン人1人を拘束したとのこと。

マレーシア人6人の年齢はリーダー格が37歳で、他に49歳、30歳、25歳、23歳、22歳とかなり若手もそろっています。

このテロ細胞は、非イスラム教徒の礼拝所の攻撃や、警官の誘拐・殺害などを計画していたとされています。

23歳と22歳の若手2人はシンガポールで働いており、外国から銃火器を購入するのが主な任務だったとのこと。

フィリピン人は31歳で、ハピロン亡き後のフィリピン・イスラム国のリーダーと目されるフルジ・インダマの側近であり、マレーシア人テロリストのDr. マフムード・アフマドとも関係があるとされています。

マレーシア警察は今回逮捕された6人を含め、2013年からこれまでにイスラム国戦闘員を389人拘束したと発表しています。

2017年10月にフィリピン軍がミンダナオ島のマラウィからイスラム国勢力を一掃して以降、東南アジアではイスラム国関連の目立った事案は発生していません。

しかし今回のように、イスラム国戦闘員が拘束されたり、テロが未然に防がれたりといった事案は、マレーシアだけではなく、フィリピンでも、タイでも、シンガポールでも発生しています。

拙著『イスラム教の論理』でも言及したように、日本の警察庁が2017年12月に発表した「治安の回顧と展望」では、東南アジアのイスラム過激派によるテロの脅威が今後日本でも高まる可能性について指摘されています。

2018年3月16日金曜日

チュニジア政府はいかに反イスラム的か?:イスラム国の説くイスラム教の論理

イスラム国は週刊誌ナバアの最新版を公開しました。


ナバアは世界中のイスラム国の戦果を伝える週刊誌ですが、日本の新聞でいう社説のようなコラムも記されています。

今週号のナバアのコラムがとりあげているのはチュニジアです。

コラムはまず、チュニジアでは独裁政権打倒後、民主主義が実現され、民主的な選挙によって議会の代表者が選出され、その議会で新憲法が承認された、という経緯を説明した後、その新憲法には神以外の者による立法、神が啓示した規範に基づかない命令が含まれているのみならず、不信仰な制定法の根拠となり、イスラム教のシャリーア(神の法)の規範の改ざんを許容している、と批判します。

そして、背教者たるチュニジア政府が神の法に反して制定した法の好例として、「不信仰者たち(チュニジア政府)は神の法が禁じているイスラム教徒女性と多神教徒男性との婚姻を認めるという不信仰的法規定を制定した」件を指摘します。

コーラン第2章221節に「多神教徒男性が信者になるまでは、あなたがたの女性たちをかれらに嫁がせてはならない」とあるように、神は明示的にイスラム教徒女性と多神教徒男性との結婚を禁じています。

さらにコーラン第4章11節で相続について「男児には女児の2人分と同額」とあるにもかかわらず、チュニジア政府が男女の相続平等を定める法案を提出していること、相続以外でも「男女平等」を実現させようとしていること等を指摘し、その全てが神の法に反していると非難します。

そしてチュニジア政府は民主主義の名の下に、自分たちを選出した一般市民にこうした神の法に反する法を遵守するよう強制しているという点において、独裁政権よりなお一層悪質であると指摘します。

最後にコーラン16章106〜107節が引用されます。

そこには次のようにあります。

「神を信仰した後、不信仰に陥った者、心の中で信仰を堅持しつつ(不信仰を)強制された者は除外するが、不信仰を表明して満足する者、かれらには神の激怒が下り、厳しい懲罰があろう。これはかれらが来世よりも現世の生活を愛しているためである。神は不信仰の民を御導きになられない。」

イスラム教徒は世界のどこにいようと神の法のみに従わなければならないというのは、イスラム教の大原則です。

また、コーランで神が明示的に命令していることや禁止していることについて、それに反する解釈をしたり法を作ったりすることは、イスラム教では厳禁とされています。

これは「イスラム過激派の論理」ではなく、「イスラム教の論理」です。

イスラム教について少しでも勉強した人ならば誰でも知っている、 基本中の基本です。

このコラムにあるように、チュニジアでは2年前に男女の相続分を平等にする法案が提出されましたが、議会内に反対する声が多く、まだ成立してません。

なぜ反対の声が多いかというと、(もはや禅問答のようですが…)コーランで明示的に男の相続人の相続分は女の相続分の2倍だと定められているからです。

反対者が立脚しているのは、イスラム国が立脚しているのと同じ「イスラム教の論理」なのです。

一方相続の男女平等を求める人々もチュニジアには存在しており、 先日の国際女性デーにはそれを求めるデモも行われました


イスラム国はただ武器をとって滅多やたらに人を殺すだけのならず者集団ではありません。

彼らは常に世界の動向を注視し、分析し、いかに仲間を増やし、行動を起こさせるかについて考えているのです。

2018年3月15日木曜日

イギリス史上最悪の少女虐待スキャンダルとイスラムフォビア

先日イギリスのサンデー・ミラー紙が「イギリス史上最悪の未成年者虐待スキャンダル」として、テルフォードにおいて40年にわたり1000人にのぼる少女が強姦、殴打、売春や薬物摂取の強要といった被害にあってきただけでなく、殺されたケースもあるというのに、当局は捜査を怠ってきたとするスクープ記事を出しました。

テルフォードではしばしば少女に対する性的虐待事件が発生しており、2007年から2009年にかけておよそ100人の少女に強姦等をしてきたとして、2013年「アジア系」の男7人に有罪判決が下されました。


イギリスのシンクタンク・キリアムの調査によると、 2005年から17年までにイギリスで未成年者虐待の容疑で起訴された人物のうち84%は「アジア系」だとのこと。

「アジア系」とぼやかされてはいるものの、同事件の犯人らの名前を見るとムハンマドやアリーなどイスラム教徒であることは明らかであり、パキスタン系の移民であるとされています。

サンデー・ミラーのスクープは、テルフォードの少女虐待はこれまで明らかにされてきたよりもずっと古く1980年から現在まで継続する大問題であり、犯人集団も大規模なら被害をうけた少女の数も1000人を下らないとするものです。

同紙が問題視しているのは、評議会や警察といったいわゆる「当局」も、ソーシャルワーカーなどの現場スタッフも、この件を少なくとも1990年代から知っていたのに、「人種差別」や「イスラムフォビア」「ヘイト」だと批判されるのを恐れて、捜査も介入もせずに放置してきた、という事実です。

サンデー・ミラーの告発記事をうけてイギリスのメディアは同事件を次々と報じましたが、国営放送BBCだけは全く同事件に触れず、インターネット上で無視するつもりかと非難が殺到した後、一応記事を掲載したものの、その内容はテルフォード警察署長の「こんな大昔の件まで引っ張り出してきて被害者数1000人以上とセンセーショナルにとりあげるなんて大げさだ」という発言を重視したもので、これが更なる炎上を引き起こしました。

イスラム教徒による大規模性犯罪について、当局がそんなものは全く存在しないかのようにスルーするといえば、2015年12月31日から16年1月1日にかけてドイツのケルンで発生した女性に対する集団性的暴行事件が思い出されます。

ケルン警察は当日のケルンは「おおむね平穏だった」と発表して同事件を隠蔽したのですが、これも犯人集団のほとんどがアラブと北アフリカ出身のイスラム教徒であったためだとされています。

しかしイスラム教徒移民の受け入れは完全なる「正義」であると胸をはって移民政策を進めてきたドイツですら、メルケル首相が今年に入り「ドイツには確かにドイツ人立ち入り禁止地区がある」と認めたように、治安悪化の問題は隠しきれないレベルに達しています。

これまで、イスラム教やイスラム教徒についての発言は常に好意的でなければならないというのが、いわゆる「リベラル」で「民主的」な世界における共通ルールでした。

たとえ批判的でなくとも、わずかでも「イスラム教絶賛」の度合いが不足していると判断された発言は、たちまち「ヘイトだ!」「イスラムフォビアだ!」と批判される傾向は日本にも根強くあります。

拙著『イスラム教の論理』に対しても、一部からその手の罵詈雑言が浴びせられています。

一方で、イスラム教の論理は西洋の論理とは異なるという認識を持たぬままでは自由や人権という私たちの価値自体が脅かされる、という拙著の趣旨に賛同の意を示してくださる方もいます。

池内恵さんが原稿を読み帯に推薦文を寄せてくださったのに加え、3月11日の読売新聞朝刊に苅部直先生による拙著の書評が掲載されたのは僥倖であり、わずかながらも光を見出した気がしました。

2018年3月13日火曜日

教育から宗教の影響を排除せよ:スウェーデンの決定とイスラム教

 スウェーデン教育相は先日、今後は男女平等や人権という「根本的価値」を支持しない者には学校運営を認めないという方針を新聞紙上で発表しました。

現政府は学校から宗教の影響を排除するという基本方針を掲げており、今回の決定はその方針に従ったものだとみられています。

スウェーデンにおける学校は男女平等を積極的に促進し、生徒たちがジェンダー・アイデンティティーとは独立した形で能力や関心を開発させることを認めなければならない、と同相は記しています。

さらに、スウェーデンの子どもたちは、たとえ宗教組織によって設立された学校においてであろうと、直接的あるいは間接的に宗教活動を強制されることは絶対にあってはならないとし、全ての教育は宗教の影響から完全に自由でなければならないという基本方針を強調してもいます。

スウェーデンには現在60以上の宗教学校があり、そのほとんどはキリスト教系で、イスラム教系の学校は11あるとのこと。

この決定は、ソマリア系イスラム教徒で2010年から2014年までスウェーデン議会の議員も務めていたワベリAbdirizak Waberi氏が、ボロースで新たなイスラム教系学校設立を目指していることと関係していると言われています。


ワベリ氏は政治活動を開始する以前は、スウェーデンのヨーテボリにあるイスラム教系小学校の校長でした。

同校ではイスラム教の教義についての授業を週に2コマ課しており、これは他の学校よりも多いだけではなく、男は4人妻を持つことが許されているがその逆は許されていないといったイスラム教的価値について教えているとか、男子生徒は100%が満点で卒業しているのに女子生徒は71%しか満点をもらっていないという同校の実態はスウェーデンの他の学校と比べて明らかにおかしいなど、しばしば批判の対象とされてきました。

ワベリ氏自身も、イスラム教徒の男が4人妻を持てることや、イスラム教徒の男は異教徒と結婚できるが女はできないことなどは、コーランに記されているのだ、とインタビューで答えています。

ワベリ氏はスウェーデン・イスラム協会や、スウェーデン・イスラム教学校組合、スウェーデン・イスラム教徒政治フォーラムといったスウェーデンの名だたるイスラム教組織の有力メンバーであるだけでなく、過去にはヨーロッパ・イスラム組織連盟の副会長を務めたこともある、非常に影響力のある人物です。

過去の記事で示したように、ヨーロッパにおいてこれまではほぼ放任されてきた宗教系の私立学校を国が管理すべきだという議論は、既にイギリスでも起こっています

というのも、イギリスではイスラム教学校において教師が生徒をジハード戦士に育てるべく数年間にわたって教育していた罪で実刑判決を受ける、という深刻な事案が既に発生しているからです。

「イスラム教の論理」と「西洋の論理」が異なることは、イスラム教徒住民が多く暮らすヨーロッパ諸国では、様々な場所で目に見える形で健在化し、社会問題化あるいは政治問題化しているのです。

イスラム教と教育の問題については、日本も他人事ではありません。

日本でも、イスラム教組織やモスクなどがイスラム教徒の子女にイスラム教の教義や価値について教える学校や教室を多く運営しています。

また、日本の学校で教えられることはイスラム教の価値に反するとして、自分の子どもが学齢期になるとインドネシアやパキスタンなどに住まわせ学校に通わせる在日イスラム教徒も少なくありません。

イスラム教と教育という問題は、単に給食をどうするか、という問題ではないのです。

2018年3月12日月曜日

シリアで新たなアルカイダ組織結成

先月末、シリアのイドリブで新たな武装組織連合フッラースッディーン(HDと略すことにします)が結成されました。

日本語に訳すと「宗教の保護者たち」といった意味です。

イドリブは現在、HTSとJTSというジハード系武装組織連合間で熾烈な戦いが繰り広げられていますが、HDは反体制派同士の戦いを停止しともに東ゴータで戦火のもとに苦しむ仲間を救済するためにシリア政府軍と戦おうと呼びかけました。


これまでに、ジャイシュルマラーヒム、ジャイシュルバーディヤ、ジュンドゥッシャリーア、ジャイシュッサーヒル等々、イドリブやラタキアの10以上のイスラム系武装組織がHD入りを誓う声明を出しています。




これらはいずれもアルカイダ支持で知られる武装組織であるため、アルカイダからの「公認」はまだなされていないものの、メディアや専門家は「HDはシリアにおける新たなアルカイダ組織だ」との見方で一致しています。

シリアには内戦開始当初からアルカイダ系武装組織が存在しており、2012年以降はヌスラ戦線がもっぱら「シリアにおけるアルカイダ」の役割を担ってきたものの、2017年にはヌスラが自らアルカイダからの脱退を宣言、国際的には未だに「ヌスラ=シリアのアルカイダ」という認識が強いものの、シリア内戦においてはHTSという武装連合を結成し、他の反体制派やシリア政府軍と戦うという、妙な状況になっていました。

アルカイダのイデオロギーの特徴のひとつは、今の指導者であるザワーヒリーが演説でよく言っているように、ジハード組織同士でいがみあうのはやめ、一致団結して敵と戦おうと考える点にあります。

HDが最初に出した声明でもその特徴は確認されます。

共にジハードを掲げシリアでイスラム法による統治を実現させるという目標を共有するHTSとJTSという武装連合が、アサド政権に対して共闘しないばかりか互いを敵として戦っているというイドリブの現状は、アルカイダのイデオロギーとはかけ離れています。

興味深いのは、HD結成後より世界各地からHDを支持するという落書きのような投稿がSNS上などになされている点です。

こちらはインドネシアから。


こちらはインドから。


こちらはソマリアから。


こちらはナイジェリアから。


こちらはバングラデシュから。


これらは、アルカイダのイデオロギーが世界でいまだに求心力を持っていることの表れだと考えることもできます。

2017年10月のラッカ陥落後イスラム国の退潮が顕著になる中、シリア内戦の有力なプレイヤーとして新たに頭角を表すのは、このアルカイダ系武装組織かもしれません。

2018年3月7日水曜日

子どもにテロリスト養成教育を施していた男に有罪判決:ロンドン@イギリスの事例

イギリスの裁判所は先週、イスラム教徒の子ども達に対しテロ攻撃を実行する「イスラム国戦闘員」に仕立てるための「教育」を施していたとして、オマル・ハッキー容疑者(25歳)に有罪判決を下しました。


イスラム国を支持するハッキーは教師という立場を利用して11歳〜14歳の子ども達にイスラム国の斬首映像を見せたり、ロンドンで発生したテロ攻撃を模して「ロールプレイング」での訓練を施していたりしていた、とのこと。

警察によると、ハッキーは公立学校の教師ではなく、ゆえにイギリスの教員免許も取得していない状態で、いくつかのイスラム教徒用私立学校とバーキングにあるリップル・ロード・モスクに付属する学校で教師をしており、4年間で250人ほどの生徒を受け持ち、うち110人にこのジハード戦士養成教育を施していたそうです

現在、そのうち35人ほどが脱過激思想教育を受けているとのこと。 

生徒たちには、自分がイスラム国と関係していると告げ、そのことを他言したら斬首すると脅してた、とも報じられています。

長期にわたって子どもたちを「イスラム国のジハード戦士」として養成し、最終的にはロンドンで大規模テロを実行するのが彼の計画だったようです。

ニュース解説者によると、イギリスの学校では教育の透明性を高め、かつ子どもたちを守るという趣旨で、通常教員と補助教員という2名体制でクラスを担当しているとのこと。

ハッキーは子どもたちに「イスラム教」についての学問(イスラム学)を教えていたとされますが、要するに一人で、誰にも管理・監視されない状態で、子どもたちに対し、自分が教えたいことを自由に教える空間をモスクによって与えられていたのが問題なのだ、と解説者は語っています。

モスクが子どもたちにイスラム教を教える学校を併設したり、講座を開講したりするのは、世界各国で共通しています。

そこで教師役を務めるのは伝統的に、イスラム教について一般信者よりも多く学び、多く知っているとされる人物であって、特別な資格が必要とされることはありません。

イギリスではモスクでのイスラム教育についても、公立学校と同じようにOfsted(イギリスの教育監査局) の管理下に置くべきだという議論があるそうです。

しかしイギリスの場合は「イスラム教の家庭教師」という存在も多くおり、たとえモスクでのイスラム教育を公的管理下におくとしても、家庭教師までは管理できないという問題も指摘されています。

先日フランスのマクロン大統領も、国内のイスラム教を新たな形で管理するという「宗教改革宣言」を行い、直ちに国内のイスラム教徒指導者が反発する、という事案も発生しました。

今回のような事件が実際に発生している中、イギリスやフランスがモスクやそこでの教育、ひいてはイスラム教徒とどのように関わっていくかは大きな課題です。

「モロッコ人女性売ります」:Twitter広告が物議を醸す

先月Twitterに、サウジアラビアで複数のモロッコ人女性をメイドとして「販売」するという投稿がありました。


右側の女性は30歳のモロッコ人でサウジアラビアで5年間メイドをしていた経験があり料理と掃除ができる、とのこと。給与が1500リヤル(約4万円)と書かれているのはおそらく月給です。

左側の女性は26歳のモロッコ人で、こちらも給与は1500リヤル。

こちらは43歳のモロッコ人女性。


アラビア語とフランス語を話すことができ、老人と2歳以上の子供の世話、掃除、整理整頓などが可能で、月給は1300リヤル。

彼女のお値段は2万リヤルと明記されています。

日本円にして約56万円。

モロッコではもちろん、「これはあまりにひどい」「奴隷の一形態だ」と非難の声が殺到しています。

アラブ世界における外国人メイドといえば先日、クウェートで働いていたフィリピン人メイド2人の遺体が冷蔵庫に詰め込まれた状態で発見されるという事件がありました。

サウジアラビアでも外国人メイドをめぐる事件は度々発生しています。

2015年には、雇用主の家から逃亡を図ったインド人メイドの手首を雇用主が切り落とすという事件が発生しました。

2017年には、別のインド人メイドが雇用主から食べ物を食べることを禁じられた上に暴行をうけているとしてインド政府に直接助けを求めるという事件が発生しました。

同じく2017年には、モロッコ人メイドが雇用主から数ヶ月間暴行を受けた上に窓から突き落とされて重傷を負うという事件が発生しました。

モロッコ人女性がメイドとしてサウジで働くことが認められたのは、2011年になってからのことです。それでも、一ヶ月に1200〜1500リヤル(3〜4万円)稼げるとあって、これは自国で働くよりもよほど「割りがいい」ため、モロッコ人女性には人気の「出稼ぎ先」だと言われています。

モロッコとサウジアラビアは長いこと友好関係にあるため、この「メイド販売」 事件が政治化することはないだろうと言われています。

先日はインターネット上でエジプトの「業者」が「あらゆる年齢の子どもを取り揃えております」と宣伝して子どもを販売していた、というニュースもありました。

地球上にはまだ、人身売買や、人を人とも思わぬ扱いをすることが日常化している世界があるのだということを、アラブ世界のニュースを追っていると痛いほど思い知らされます。