アメリカのテキサス州で先日、イラク出身のイスラム教徒夫婦が自分たちの娘に熱した油を何度もかけたり、ほうきで殴ったりした容疑で逮捕されました。
事件が発覚したのは1月末に彼らの娘マアリブ・ヒシュマーウィー(16歳)が失踪し両親が捜索願を出したのがきっかけです。
マアリブは3月になってから保護され、両親による虐待から逃れるために家出をしたことが判明、両親の逮捕、起訴に至りました。
こちらが保安官の会見です。
保安官によると、
・マアリブは2017年半ばから別の町に住む成人男性と結婚するよう両親に強制されてきた
・ その成人男性は結婚と引き換えに彼女の両親に約2万ドル(約211万円)支払った
・マアリブが結婚を拒否すると両親によって度々虐待されるようになった
・両親は熱した調理用油をマアリブの体に何度もかけたり、 ほうきで殴ったり、気を失うほど窒息させたりした
・結婚の直前にマアリブは家から逃走した
とのこと。
また保安官は、マアリブの父アブダッラー・ファフミー(34歳)と母ハムディーヤ・ヒシュマーウィー(33歳)は家庭内暴力の罪で起訴され(現在保釈中)、金を支払って結婚しようとした相手の男も高い可能性で起訴されることになるだろう、とも話しています。
このイラク人家族は、2年前にアメリカに移住してきたとのこと。
アメリカでは、親が子供の意思に反して子供を強制的に結婚させることは禁じられています。
実はイスラム教徒にとって絶対的真実であるイスラム法も、強制結婚を「一面においては」禁じています。
ハディース集であるブハーリーのサヒーフ5138には次のようにあります。
حَدَّثَنَا إِسْمَاعِيلُ، قَالَ حَدَّثَنِي مَالِكٌ، عَنْ عَبْدِ الرَّحْمَنِ بْنِ الْقَاسِمِ، عَنْ أَبِيهِ، عَنْ عَبْدِ الرَّحْمَنِ، وَمُجَمِّعٍ، ابْنَىْ يَزِيدَ بْنِ جَارِيَةَ عَنْ خَنْسَاءَ بِنْتِ خِذَامٍ الأَنْصَارِيَّةِ، أَنَّ أَبَاهَا، زَوَّجَهَا وَهْىَ ثَيِّبٌ، فَكَرِهَتْ ذَلِكَ فَأَتَتْ رَسُولَ اللَّهِ صلى الله عليه وسلم فَرَدَّ نِكَاحَهُ.
ハンサという女性が父に強制された婚姻が嫌だと預言者ムハンマドに訴えると、預言者はその婚姻は無効だと述べた、というハディースです。
実際、現代のイスラム法学者は「イスラム教は強制結婚を認めるのか?」と問われると、ほとんどの場合こうしたハディースを挙げて「認めていません」と回答します。(例えばこちら。)
一方でイスラム法には、女性に対する後見という、女性を支配する強力な制度があります。
一般に処女で未成年者の女性の場合、父親が彼女の身分後見人にして財産後見人となります。
スンナ派には4つの法学派がありますが、マーリク派とシャーフィイー派およびハンバル派の一部によると、父親は自分の娘が処女である場合は、彼女を強制的に結婚させる権利を有するとされます。
たとえばスンナ派のイブン・ルシュドは、娘が処女の場合、彼女が未成年者であろうと成年に達していようと、父親は彼女の同意を得ることなく彼女を結婚させることができるとしています。
イスラム法において、女性を強制的に結婚させる権利を有するのは父親のみです。
しかし父親も常にその権利を有するわけではありません。
同じくマーリク派のイブン・アブドゥルバッルは、女性が非処女で成年に達している場合、後見人は彼女を結婚させる際に必ず彼女の同意を得なけらばならない、と記しています。
一方ハナフィー派は、理性を備え成年に達した女性は後見人なしに自分で自分の婚姻を締結することができると説くのが特徴的です。
しかしそのハナフィー派に属するサラフシーも、女性はたとえ成年に達しようと理性の上でも信仰の上でも男性より劣っているため、後見人による保護が必要だと述べています。
このように、法学派間で異論はあるものの、イスラム法には父親は処女の娘を強制的に結婚させる権利があるという規定が確かにあります。
また、女性は弱く愚かな存在で正しい判断ができないため、男性が後見人として彼女の利益になるよう判断を下すべきであるという考え方も、イスラム法の根底にはあります。
一般のイスラム教徒のほとんどは、イスラム法学など勉強していません。
しかし、彼らの考え方の中には、イスラム法規定の基礎的な内容はあたりまえの価値観として刷り込まれています。
少なくとも一部のイスラム教徒は、父親には娘を強制的に結婚させる権利があると信じており、それはアメリカにいようとかわることはないと考えていることが、今回の事件で明らかになったと言えます。
今回、唐突にハディースや法学書を引用したのは、拙著『イスラム教の論理』について、デマだとか、ヘイトだとか罵る人の中に、拙著が典拠を一切示していないと主張する人がいるためです。
統計の典拠は本文中に示してありますし、コーランやハディースは書籍名をあげるまでもなくウェブサイト上で公開されています。
コーランは日本語版がこちらからご覧いただけます。
ブハーリーのサヒーフはこちらからご覧いただけます。
今回引用したサラフシーのマブスートはこちらからご覧いただけます。
また、私はただのデマゴーグであり断じてまともな研究者などではないと謗る人もいます。
私がこれまでに書いた学術論文は一般に入手するのは困難ですが、私の博士論文は提出した東京大学にもありますし国会図書館にもあります。
論文審査の要旨はこちらで公開されています。
今後もたまには、アラビア語の法学書の原典を引用しつつ現代の問題を考える、ということをやってみようと思います。
事件が発覚したのは1月末に彼らの娘マアリブ・ヒシュマーウィー(16歳)が失踪し両親が捜索願を出したのがきっかけです。
マアリブは3月になってから保護され、両親による虐待から逃れるために家出をしたことが判明、両親の逮捕、起訴に至りました。
こちらが保安官の会見です。
保安官によると、
・マアリブは2017年半ばから別の町に住む成人男性と結婚するよう両親に強制されてきた
・ その成人男性は結婚と引き換えに彼女の両親に約2万ドル(約211万円)支払った
・マアリブが結婚を拒否すると両親によって度々虐待されるようになった
・両親は熱した調理用油をマアリブの体に何度もかけたり、 ほうきで殴ったり、気を失うほど窒息させたりした
・結婚の直前にマアリブは家から逃走した
とのこと。
また保安官は、マアリブの父アブダッラー・ファフミー(34歳)と母ハムディーヤ・ヒシュマーウィー(33歳)は家庭内暴力の罪で起訴され(現在保釈中)、金を支払って結婚しようとした相手の男も高い可能性で起訴されることになるだろう、とも話しています。
このイラク人家族は、2年前にアメリカに移住してきたとのこと。
アメリカでは、親が子供の意思に反して子供を強制的に結婚させることは禁じられています。
実はイスラム教徒にとって絶対的真実であるイスラム法も、強制結婚を「一面においては」禁じています。
ハディース集であるブハーリーのサヒーフ5138には次のようにあります。
حَدَّثَنَا إِسْمَاعِيلُ، قَالَ حَدَّثَنِي مَالِكٌ، عَنْ عَبْدِ الرَّحْمَنِ بْنِ الْقَاسِمِ، عَنْ أَبِيهِ، عَنْ عَبْدِ الرَّحْمَنِ، وَمُجَمِّعٍ، ابْنَىْ يَزِيدَ بْنِ جَارِيَةَ عَنْ خَنْسَاءَ بِنْتِ خِذَامٍ الأَنْصَارِيَّةِ، أَنَّ أَبَاهَا، زَوَّجَهَا وَهْىَ ثَيِّبٌ، فَكَرِهَتْ ذَلِكَ فَأَتَتْ رَسُولَ اللَّهِ صلى الله عليه وسلم فَرَدَّ نِكَاحَهُ.
ハンサという女性が父に強制された婚姻が嫌だと預言者ムハンマドに訴えると、預言者はその婚姻は無効だと述べた、というハディースです。
実際、現代のイスラム法学者は「イスラム教は強制結婚を認めるのか?」と問われると、ほとんどの場合こうしたハディースを挙げて「認めていません」と回答します。(例えばこちら。)
一方でイスラム法には、女性に対する後見という、女性を支配する強力な制度があります。
一般に処女で未成年者の女性の場合、父親が彼女の身分後見人にして財産後見人となります。
スンナ派には4つの法学派がありますが、マーリク派とシャーフィイー派およびハンバル派の一部によると、父親は自分の娘が処女である場合は、彼女を強制的に結婚させる権利を有するとされます。
たとえばスンナ派のイブン・ルシュドは、娘が処女の場合、彼女が未成年者であろうと成年に達していようと、父親は彼女の同意を得ることなく彼女を結婚させることができるとしています。
イスラム法において、女性を強制的に結婚させる権利を有するのは父親のみです。
しかし父親も常にその権利を有するわけではありません。
同じくマーリク派のイブン・アブドゥルバッルは、女性が非処女で成年に達している場合、後見人は彼女を結婚させる際に必ず彼女の同意を得なけらばならない、と記しています。
一方ハナフィー派は、理性を備え成年に達した女性は後見人なしに自分で自分の婚姻を締結することができると説くのが特徴的です。
しかしそのハナフィー派に属するサラフシーも、女性はたとえ成年に達しようと理性の上でも信仰の上でも男性より劣っているため、後見人による保護が必要だと述べています。
このように、法学派間で異論はあるものの、イスラム法には父親は処女の娘を強制的に結婚させる権利があるという規定が確かにあります。
また、女性は弱く愚かな存在で正しい判断ができないため、男性が後見人として彼女の利益になるよう判断を下すべきであるという考え方も、イスラム法の根底にはあります。
一般のイスラム教徒のほとんどは、イスラム法学など勉強していません。
しかし、彼らの考え方の中には、イスラム法規定の基礎的な内容はあたりまえの価値観として刷り込まれています。
少なくとも一部のイスラム教徒は、父親には娘を強制的に結婚させる権利があると信じており、それはアメリカにいようとかわることはないと考えていることが、今回の事件で明らかになったと言えます。
今回、唐突にハディースや法学書を引用したのは、拙著『イスラム教の論理』について、デマだとか、ヘイトだとか罵る人の中に、拙著が典拠を一切示していないと主張する人がいるためです。
統計の典拠は本文中に示してありますし、コーランやハディースは書籍名をあげるまでもなくウェブサイト上で公開されています。
コーランは日本語版がこちらからご覧いただけます。
ブハーリーのサヒーフはこちらからご覧いただけます。
今回引用したサラフシーのマブスートはこちらからご覧いただけます。
また、私はただのデマゴーグであり断じてまともな研究者などではないと謗る人もいます。
私がこれまでに書いた学術論文は一般に入手するのは困難ですが、私の博士論文は提出した東京大学にもありますし国会図書館にもあります。
論文審査の要旨はこちらで公開されています。
今後もたまには、アラビア語の法学書の原典を引用しつつ現代の問題を考える、ということをやってみようと思います。
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